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武装動物園

武装動物園   西山アオ

 厚生省矯正局反社会的分子取締部組織犯罪対策課動物権利擁護係に所属する取締官Nは、首都郊外にある動物園跡を訪れた。前史社会を象徴するひとつでもある動物園と呼ばれた野蛮施設はまったくの廃墟と化しており、用心を重ねつつ奥まで歩んでいく。懐に忍ばせたベレッタの重さに負けないよう背骨を伸ばし、あたりを見回しながら警戒を続ける。やがてバラック建築が並んでいる一角が見え、その付近にはいくつかの檻が設置してあった。
 檻の近くには迷彩服に身を固め、長い髪を小さな頭の後ろでひとくくりにした背の低い、しかし頑丈に引き締まった体躯の女が立っており、アサルトライフルを肩に提げながら、取締官Nが近づくと若者らしく明るい笑顔で話し掛けてくる。
「武装動物園にようこそ。入場料がわりに寄付をお願いします」
 取締官Nは女の兵士に指示された金額を手もとの携帯端末に打ち込み、兵士の端末に送金する。兵士はそれを確認すると、指笛を吹き甲高い音が響いた。バラックの奥のほうから大型のイヌが何匹も出てきて、兵士の体にとびつき顔を舐めている。
「動物のなかには拘束しなくても人間に懐くヤツもいるんですよ。大むかし自ら家畜となる道を選び進化をした動物がいたことも、地下出版の本に書いてありました」
 取締官Nは兵士の案内に従って、他の動物も見学した。檻のなかにはキツネやタヌキ、イタチやニホンザルがいて、イヌとネコは放し飼いになっている。
「人間が動物を飼うことは確かに動物の自由の侵害だけど、不幸なことばかりじゃないと思う」
 兵士の女は重い銃を吊したベルトが肩に食い込んでいても気にすることなく、ひとりごとのように言った。
 武装動物園には銃器を構えた兵士以外にも、動物の世話に精を出す飼育員が何人もいて、誰もが人を疑うことを知らない様子であった。突然訪れた取締官Nに対しても誰何することなく、はるばるここまでやってきたのだから、よほどの動物好きなのだろうと、兵士や飼育員たちは飼っている動物たちの魅力をこんこんと語り、取締官Nが動物と触れ合う時間をたんまりと作った。
 取締官Nはその様子を仔細に観察し記憶して、庁舎に戻るとすぐさま報告書を作成した。報告書に目を通した厚生省の審議官は、ただちに武装動物園制圧計画の立案に取りかかるよう、部下に指示を出す。
 数日後、倒錯的な動物愛護団体によって運営される武装動物園は当局の実力部隊に完全に包囲された。重武装の実力部隊が作る隊列と動物園のバラック小屋との間には動物が収められた大小の檻がいく個も置かれており、武装動物園の兵士は銃を地面に置き、しゃがみ込んでイヌを股の前に座らせ撫でている。飼育員はネコを胸に抱きあやしていて、自身に向けられた数え切れない数の銃口に目を遣る。実力部隊も動物には手出しできない。動物を盾とする作戦は効を奏し、もう十数時間も膠着状態が続いている。
 上空には報道機関のドローンが飛び交い、現場を中継している。動物園側も中継動画を配信していたが、数十分前にアカウントごと削除された。檻のなかのニホンザルは悲鳴のような声を上げて鳴き、その悲痛な叫びは当局の実力部隊の隊員にすら動揺を引き起こす。キツネやタヌキは檻のなかをせわしく歩きまわり、なんとか檻から逃げ出せないか激しく体を檻にぶつける。イタチは小さく可愛らしい体にはいっさい似つかわしくない鋭い牙を剥き出しにして威嚇し、不安を隠せない。人間に抱かれたイヌやネコも、不穏を察知して身をよじらせはじめ、いつまでも兵士や飼育員らに体をくっつけているわけでもなさそうだ。
 当局は投降を勧める放送を大音量でなんども流し、兵士や飼育員は水もろくに取れずに衰弱していく動物たちを案じて、イヌやネコを体から離してしまった。その瞬間、パンパンパンと強烈な音がし、一帯は激烈なひかりに包まれる。特殊閃光弾に犯罪者どもがひるんだ隙に、実力部隊が一斉に突撃する。部隊は檻が並んだ非武装地帯を一気に駆け抜け、至近距離からテーザー銃で武装動物園の兵士や飼育員を襲撃し、気を失って倒れ込んだ犯罪者どもは違法に動物を飼育監禁していた罪状であっさりと逮捕された。
 動物の自由と権利を守るための積極的行動は、社会の倫理と秩序を維持するには必須である。社会とは人間のみによって構成されているわけではない。ほんらい動物が人間に懐くことはあり得ず、たとえ懐いているように思えても、自由が剥奪された結果、人間に隷属せざるを得ない状況を、人間が都合良く勘違いしているだけだ。
 取締官Nは違法飼育が行われていた悲惨な現場を丹念に検証し、動物を拘束して自由を奪い動物の権利を侵害することの非道さに改めて心を痛めた。そして、倒錯的動物愛護者どもを決して許すまいとの誓いを新たにする。

 翌年、取締官Nは指名手配犯ファイルをめくっていた。あの武装動物園でアサルトライフルを構えていたイヌ好きの女兵士の顔写真を見る。逮捕者リストのなかに彼女はおらず、混乱のさなか上手いこと逃げ通したのだろう。また新たな場所で武装動物園が開設されているとの情報も届いてきている。あの女の動物を撫でている時の偽りのない笑顔を思い出し、再会を願っても、もう自身は顔が割れているから、会いには行けない。

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