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ブロードリスニング:みんなが聖徳太子になる技術

安野たかひろ事務所 技術チームの西尾です。

安野とは情報処理推進機構が行う未踏IT人材発掘・育成事業が縁で知り合い、未踏社団が行う17歳以下のクリエータ支援事業未踏ジュニアを協力して行っています。今回、老若男女の意見を聞くことをデジタル技術の力で強化し、新しい民主主義の形を作ろう、という思想に共感し、ぜひ力になりたいと思い手伝いをしております!

 マニフェストのブロードリスニングの解説でこの手書きの絵をご覧になった方もいらっしゃるでしょう。

マニフェスト p.74

この絵は私が2023年8月の情報処理学会誌へ寄稿したものです。私はブロードリスニングの概念をもっと多くの人に知ってもらうために活動してきました。では、そのブロードリスニングとはなんでしょうか?この記事ではそれを解説したいと思います。

ブロードリスニングとは?

ブロードリスニングは「放送」を意味するブロードキャストの対義語です。ブロードキャストが広く(=ブロード)投げる(=キャスト)ことであるのに対して、矢印を逆向きにして広く聞くのがブロードリスニングです。

このブロードリスニングという言葉はオードリー・タンらが行なっている社会運動(Plurality)で使われるようになった言葉です。中国語では廣泛傾聽(広くあまねく傾聴すること)といいます。比較的新しい言葉なので聞きなれない方がほとんどだと思います。しかし、これを良いことだとする価値観は実は昔から日本文化に根付いています。

聖徳太子とブロードリスニング

聖徳太子(厩戸皇子、豊聡耳皇子)は、日本の歴史において非常に重要な人物として知られています。彼には「10人の請願を同時に聞くことができた」という有名な逸話があります。この話が事実かどうかは確かめることはできませんが、この話が伝えられてきたことには意味があります。

それはつまり、為政者として重要なことの一つは、多くの人々の声をしっかりと聞き、その意見を政治に反映することだ、という考え方です。一方で大勢の人々の話を聞くことは困難なことです。なので「聖徳太子は特殊な能力によってそれを実現できた」という逸話が、彼がいかに優れた為政者であったかを示すために語り継がれているのです。

民の声を聞くことの重要性

歴史を振り返ると、日本において長らく、民の声を聞くことが重要視されてきたことがわかります。いくつかの例を挙げてみましょう。

  1. 目安箱: 1721年(享保6年)、江戸幕府8代将軍の徳川吉宗は、庶民の意見や不満を政策に反映させるため、「目安箱」を設置しました。これは「享保の改革」の一環として行われたものです。

  2. 多聞天(たもんてん): 仏教の守護神である多聞天は、「広く聞く」ことを象徴する神様です。多聞天の存在は、昔から多くの人々の声を聞くことの重要性が認識されていたことを示しています。

ChatGPTを実現可能にした技術「大規模言語モデル」(LLM)

この「多くの人々の声を聞いてまとめる」という行為は、長い間、人間にしかできないことでした。しかし、技術の進歩によって、コンピューターが人間の言葉を理解する度合いが高まってきました。

2022年に公開されたChatGPT(チャットジーピーティー)を試してみた方もいらっしゃるでしょう。これを実現した技術が「大規模言語モデル」(Large Language Model, LLM)です。

ChatGPTはチャット(文章でのやりとり)の形を取っていますが、これは大規模言語モデルの使い方の一つに過ぎません。大規模言語モデルを使えば、いろいろな形で「人間の言葉」をコンピューターに扱わせることができます。これにより、人間では時間がかかり過ぎて現実的ではなかったような大量の文章を扱うことを、コンピューターに任せることができるようになりました。

大規模言語モデルの応用例: Talk to the City

マニフェスト p.76

このマニフェストで紹介している、テクノロジーを使ったレポート作成にも大規模言語モデルが使われています。具体的には"Talk to the City"(トークトゥザシティ)という道具を使っています。

このツールは、まず人間が書いた文章から意見や要望を抽出します。次にそれらを1000~2000次元のベクトルに変換します。これによって「文章」が高次元空間中の点とみなせるようになり、その点の距離によって文章の似ている度合いを定量的に計算することができるようになります。近くにある点を集めることで、似た意見をグループにまとめます。そして、そのグループについての解説を生成します。この抽出・変換・生成のそれぞれの部分で大規模言語モデルが使われています。

私たちはみなさんから#TOKYOAIへの声、匿名フォーム、AIあんのへの質問、AIあんの電話への質問など多種多様な方法でみなさんの声をあつめてTalk to the Cityで観察しています。内部的には7月1日時点で30を超えるレポートがあり、どうすればより良くみなさんの声を理解できるかの改善実験が行われています。

具体例に見てみよう

ここからは具体的な分析結果を使って、ブロードリスニングがどのようなものかを紹介したいと思います。下記は匿名ご意見箱への投稿から抽出された951件の意見の可視化です。1つの点が1つの意見に対応しています。

匿名ご意見箱の投稿分析

全画面地図を開くと、大きな画面で地図を見ることができます。この画面でどのような意見があるのかをざっくり理解することができ、この後で詳細に見ていくことの助けになります。「地図」というたとえはまさにピッタリで、まずは広域の地図で全体像を掴んでから、個別の詳細地図を見ていくわけです。

全画面地図

それでは個別グループの詳細を見ていきましょう。一つ一つの点が意見と対応していて、AIが似た意見をグループにまとめています。そして、そのグループにはどのような意見があるかの解説もAIが生成しています。下記の図では子育て支援の文脈で所得制限撤廃を求める声が集まっているグループだ、とAIが説明しています。

詳細分析

一つ一つの点は元の投稿にまで掘り下げていくことができます。まずざっくり理解し、それから詳細に見ていく、という段階的な詳細化ができるわけです。

具体的なコメントを表示してみた

この投稿ひとつだけではなく、いくつもの投稿から関連する意見が発見されました。この意見が多くの人にとって重要なものであることを示唆しています。そこで政策チームが詳細な状況や予算上の実現可能性などを検討し、変更すべきだと判断し、安野がマニフェストを更新する意思決定を行いました。これがブロードリスニングによるマニフェスト更新の具体例の一つです。

実際のマニフェスト更新(詳細はこちら)

世界をより良くする贈与文化

今回このブロードリスニングの過程で使っているTalk to the Cityという道具は、アメリカのNPO団体AI • Objectives • InstituteがAIで世界を良くするために開発し、無償でオープンソースとして利用可能にしたものです。私たちは今回の目的のために日本語化して使っています。

ITエンジニアの業界ではこのように、作ったものを無償で人に分け与えることで世界をより良くしようとする贈与文化があり、私たちも今回自分たちが作ったものをオープンソースにして多くの人に分け与えたいと考えています。

技術は為政者だけのものではなく、みなさんのためのものです。日本でTalk to the Cityを使う人が増えれば、より多くの人が「大勢の声を聞いて理解すること」をできるようになります。これはいろいろな考え方の人がいるということをそれぞれの考え方の人が理解し、互いに歩み寄る機会を作ります。

ブロードリスニングが日本を良くすると信じて、これからも活動していきたいと考えています。

まとめ

この記事ではブロードリスニングとその具体的ツールの一つであるTalk to the Cityについて解説しました。ご意見、ご感想、ご質問などがあればAIあんのやご意見箱まで、ぜひ声を聞かせてください。
また、ご家族、お知り合いの方にぜひこの考え方を広めていただけましたらありがたいです。

(選挙期間後の更新: ここに置いてあったAIあんの動画へのリンクは公開終了に伴い削除しました。何日もの間24時間継続稼働していたため、YouTubeライブとしてのアーカイブが残らなかったそうです、盲点!)

下記の電話でAIあんのと話せる案内は残しておきますが、選挙期間終了と共に停止しています。

お電話でもAIあんのと話せます!050-1720-9295 ●通話料は有料です