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観劇記録『オノマリコフェス』(23.06.25)

神奈川県立青少年センター、スタジオHIKARI。
耳慣れない名前に、はじめての場所と気をひきしめる。
ふたおやゆずりの方向音痴、劇団にいた頃は名物みたいに言われていた。●●●はぜったい逆の方向にいくよね、ここ前にも来たことあるでしょ。
制作さんは頼もしいスタッフのはずなのに、こと道案内においてはいちばん頼れないと、皆知っていた。ずいぶん甘えさせていただいていたと、思い返せばなにより申し訳なさが先に立つ。皆さん、お元気でおられるだろうか。

蒸し暑い空気につつまれた桜木町駅に降りたって、さっそく途方に暮れる。
この景色、みおぼえがある。はじめての場所のはずなのに。
前の日に何度も確認したはずだけれど、降車駅を誤ったか。
即座にグーグル先生に頼ったのは、そのときおとずれた場所はそんな名前ではなかったはずだという強い確信があったからで、なのにマップ先生はおおよそ10分歩けばそこに着けると、自信たっぷりな答えをくれた。

もう9年になるのか。

記憶がただしければ神奈川県立青少年センター多目的プラザと名乗っていたはずのその場所は、9年経てば小学生も高校生になるよと言わんばかりに、変わらぬたたずまいで出無精な客を迎えてくれた。

11:00~11:30 あまい洋々『キョウダイ』

邪悪なジブリ。
と、アフタートークゲストの松森モヘーさんが評しておられた。

世間が狭く、はずかしながら邪悪な兄弟の例をあまり知らない。
ゆえにまず、アゴタ・クリストフの『悪童日記』を思いうかべてしまう。
ほんとうの邪悪は、白い色をまとっているのかもしれない。と思えば、その評価にも深くうなずくことができる。

同じく松森さんの言葉をひかせていただくと、演出を含めた作品そのものに対して彼が用いた「エモい」という表現であらわされる感情の増幅を抱くことはなかったけれど、
むしろ松森さんがかたくなに舞台美術の二段ベッドに腰かけることを拒んだ(遠慮をしめした)そのありように「エモさ」を感じたと言ったら、どんなリアクションをされるだろう。すこし、こわい。
そして、それとはまた別の話として、アフタートークで演出、兼出演の結城さんがお話されていた実際のいきさつはどうあれ、二段ベッドを舞台美術に選んだという結果には、何かしら神のみえざる手を感じた。
ふたつでひとつ。ひとつで、ふたつ。

自己と他者の境をあいまいにすることは、すくなくとも現代社会においては良くないこととされていて、体感をもってすればそれはまったくその通りなのだけれど、その先には何があるのか見たい気も、少しだけ、した。

11:30~13:00 持続可能な演劇のためのラウンジ

そうだ、フェス、行こう。
そのくらいの気軽さで通し券を購入してしまったので、ラウンジとはなんなのか、いったい何をなさるのか。なんにも知らないばか者には、冒頭の坂本鈴さんのご説明がありがたかった。こういう方が仕事場にいてくだされば、きっと心強い。
いまこの時代、この国で演劇をしていて困ることはあるか。事前のアンケートに寄せられた声は、無味乾燥なひらたいスライドにうつされてなお、重い。その多くは経済的なこと。
このたぐいの話を聞くたび、やるせない。いまはもう、それらの外側に出てしまった身には、なおのこと。

自分ごときに何ができるかと思うとき、目のうらに浮かぶ景色がふたつある。
ひとつは、『風の谷のナウシカ』の原作で描かれたワンシーン。ナウシカが、自分たちではけっして清浄の地にたどり着けないことを知って、それでも世代を繋いでいけば、いつかそこに足を踏み入れる日も来るだろうかと夢想する場面。
もうひとつは、これももうずいぶん昔、シェイクスピアが生まれた国で目の当たりにした、劇場に集うひとたちのおおきな、いくつもの、笑顔。

トークは、松森モヘーさんとオノマさんの懸命かつ軽妙なやりとりが場の空気を上手になごませておられたと思います。
絶望を知っている人間は、かろやかに在ることができる。

13:00~13:40 waqu:iraz『泡』

うたかた、あわぶく、人魚ひめ。
みなそこで吐いた息が気泡になって、からまりあいながら上へ上へとのぼっていくさまにも似た、いくつもの単語から想起されるイメージのつらなりで紡がれるみじかいお話。

物語の舞台は、深い海の底。地名でいうと、七里ガ浜だそう。
乗っていたボートの転覆事故で死んでしまった少年は、人魚に出あう。
死んだはずなのになぜか呼吸ができるとふしぎがる彼に、人魚は自分の息子になれと、告げる。

waqu:irazさんのパフォーマンスを拝見したのははじめてで、皆さんたいへんに達者な方。
少年の役と人魚の役がなめらかに入れ替わるのを自然に受け入れられるのも、ひかりを反射する透明な緩衝材が魚のうろこにしか見えないのも、演者さんの力あってのことと思う。

ただ、これは戯曲を理解できていないだけかもしれないのだけれど、ひとつの魂が複数の身体(しんたい)を渡っていくのは、むしろ有限の存在である人間のありように思えて、
永遠を所有しているふたりのすがたがそのように移りかわるのは、たとえばイワナガヒメがコノハナノサクヤヒメを名乗っているようでなんとなく座りが悪く、
より作品に没入するために、ときどき目を瞑って音だけを楽しんだりも、させていただいた。

これにかぎらずオノマさんの作品は、たいがい幾重にも解釈できる自由度を持っているので、次の公演では演出家さんの創作ノートのような冊子をいっしょにならべて売ったりしたらいいのではないかしら、と思う。
ひとつ前のプログラム(『持続可能な~』)でも、グッズ販売が劇団のたいせつな収入源になると言われていたことですし。

14:00~14:40 坂本鈴『わたしのお父さん』

ひとつ前の元号だった時代に出あったことは、たいがい忘れているかまちがえて記憶しているかなので、もしそうだったら、ごめんなさい。

改題する前、『Sky burial -天葬-』の版のテキストが好きで、なのでこのやわらかなタイトルになったあと一度だけ上演を拝見したときは、なんとなくもやもやを抱えて帰ったような気がする。あくまでも、個人的な理由で。
そういうわけで、プログラムに配されているのを目にしたときは、とくに何かを思うことはなかった、のだけれども。

よかった、という表現は、劇場に足を運ばなくなってからつかえなくなった。だってずいぶん、えらそうだから。
かわりに、なんと言いあらわせばよいだろう。
たぶん、当世ふうの言いかたでは、解釈一致。

ずば抜けてあたまが良いようには、はたからは見えない姉・美月と、ずば抜けてあたまが良いわけではないけれど、あるいはないがゆえに、賢く立ち回ることのできる弟・陽司。

陽司の一挙一動、たとえば姉に乱暴なことばをぶつける場面、かすかにためらいを残しながらも母に意見をする場面、そうして電話ごしならば「犬猿の仲」の姉に優しく在ることもできる場面。
身ぢかに似た青年が、いるわけではない。ただ、これまではたから眺めてきた男性というひとびとの、そうそうあるあるわかるわかるが詰まっていて、そうそうあるある、そういう表情、するよね。

迎えうつ美月も、頼もしかった。
しいて言えば、彼女の個性の表現に、ほんのわずか見つめることがうしろめたくなるような罪悪感をおぼえてしまって、だから帰りみち、おおよそ7年前のことをぼんやり思いかえす。
まだひとりユニットだった頃の趣向の公演、野毛の会場で、ほとんどはじめて(というのは、その前のリーディング公演にはほんの一瞬立ち会っていたから)三澤さんのお芝居を拝見したときのこと。
「竹蜻蛉」がどういう事情を背負った役で、どんな台詞を口にしたかは、たいへん申し訳ないことに、ほとんど思い出せない。
ただ、すごい俳優さんがいたものだ、という身の裡にうまれたテキストだけはいまも鮮やかに脳裏に灼きついて、
あの日目にした、一定の厚みを備えていながらけっして曇ることのない硝子のような、理性と情動の端境をぎりぎり縫うような個性の先にいる美月も、見てみたいなあ。

15:00~15:45 新作ワーク・イン・プログレス『べつのほしにいくまえに』リーディング&トーク

オノマさんは、時代の風を捉えるのがうまいひとだなと、思う。
たぶん、捕えようとしないひとだからこそ、風のほうから寄ってくる。
当日パンフレットに挟まっていた、役名とあらすじ、劇中に登場する用語などが書かれたプリントに、SFのふた文字を見つけた。それはあくまで劇中に登場するある設定のことであって、彼らが存在するのはマルチバースではない、いまここの日本。
だと解釈したのだけれど、ちがうかもしれない。
マルチバースという横文字は、最近おぼえた。やっと使えて嬉しいけれど、使いかたがまちがっていたら、こっそりおしえてください。

リーディング上演されたのは、いまのところ三部構成で構想されているうちの、第一部とのこと。
現在のこの国での「家族制度」を使いにくいと思っているひとたちが、寄り集まって話し合うためのグループ「べつの星」。
その日の彼らの話題の中心は「ケア婚」。これは、ケア関係にある最小のグループが「結婚」と同じ法的効力を受けられる制度で、法案が衆議院を通過したばかりというところが、SFの部分。
「べつの星」のミーティングは、オープンダイアローグという形式に則ってすすめられる。これはSFではない、現実にもある部分。

たまたま、今度あそこのオープンダイアローグに参加してみようかしら。
なんて思っていたタイミングだったので、なにかをふしぎがることもなく、すんなりお話に入りこむことができた。
が、登場人物たちと自分とのあいだにみじかくはない距離を感じて、これは狙いどおりなのかしら。心のなかで首をかしげる。

じぶん以外のおんなじ時代に生きてるひとびと、すなわち社会にかかわる問題について考えられることと、他者とフラットに対話ができること。
このふたつを持ち合わせているひとは人類のかがみと思っていて、なかなかそこにたどり着けないわが身をなげかない日はない。
そんな幼いおとななので、そんなふうに言われたら、きっと怒ってしまう。ひやり、肝が冷えた場面で、彼らの誰かがおだやかに、あるいは快活に微笑むことに目をみはった。

その表現が意図的なものであればよいのだけれど、もしそうでないのなら。
描きだされる世界を自分ごととして捉えることがすこししづらくなるので、もうすこしだけ、ばかでデリカシーに欠けていて、でもわるいやつじゃあないんだよなあという人物を書きくわえたらよいのではないかな。そんなふうに思う。
しまった。自己紹介をしてしまった。

それから、そうそう、これはとてもたいせつなこと。
人生の背景を同じくしない他者に語ることばは、おんなじコミュニティにいるひとに向けることばよりもわかりやすく平明になる。
たぶん、この戯曲のことばは、だからとても翻訳しやすいのではないかな。
日本語版と英語版。同時にリリースしたら、よいと思います。

16:00~17:00 オノマリコ×後藤浩明 LIVE&クロージング

あらあ、オノマさん、歌うの。
ずいぶん思いきったこと。
まあ、あの江頭さんもエガフェスで歌っておられたし、オノマさんがオノマリコフェスで歌ったって、なんのふしぎもないってことね。

と、あたまから信じきってはるばる桜木町までやってきたのに、なんとオノマさんは一曲も歌わなかった。
がっかりされた方、他にいないとよいのだけれど。

きらきらひかる照明のした、まけじと光をはなつ俳優さんたちをながめながら、思い出すのは元号がひとつ前だった頃のこと。

もう9年になるのだ。

『男子校にはいじめがすくない?』リーディング公演の、たしか場内整理や後片づけを気持ちばかりにお手伝いして、ずうずうしくも打ち上げの末席をよごさせていただいた日のこと。
この現場ではじめてオノマさんとお仕事をなさったという後藤さんと、お話することなどもちろんかなわず、ただ、大にこにこだったおすがただけ、そのあと折にふれて思い返していた。
曲を、書きますよ。また、お仕事しましょう。
このことばでは、きっとなかった。記憶のふたしかさには自信がある。
ただ、その意味だったであろうことは、なぜだろう、忘れられなかった。

さて、時間軸を戻して。
オノマリコフェスの大トリ、オノマリコ×後藤浩明 LIVEにて、後藤さんが生涯でたくさんの曲を書き下ろしておられる、その一番か二番がいまのところはオノマさんだとお話されていた。
あの日の種がしっかり実を結んでいたことに、暗がりで大にこにこするお客がひとりいたことは、きっと、誰も、知らない。

ライブのラストは、大好きな『第一回緊急事態宣言下の歌』。
最後のさいご、知らないフレーズが耳に飛びこむ。

これはたいへん残念な生まれつきなのだけれど、耳から入った情報を記憶するのがひどく苦手で、ほんの何日か前でしかないあの日の景色を、何度目のうらに浮かべても、言葉だけがうまく再生されない。
ただそのことが、かえって体験すべてを夢のように思わせて、
それはもどかしさと一緒に、あたたかな余韻だけが心臓のあたりをひたひたと満たすやさしい夢のなごりのようで、

この夢を一緒にみることができたひとは、
この先もちゃんと立ち上がって進んでいけるのではないかな。

そんなふうに、思う。





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