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悲しいときは本屋さんへ

落ち込んで、悲しくて、どうしようもない日だった。
朝、バスに乗りこみ、ハンカチを忘れたと気が付いた瞬間から
ずっと上手くいかない一日やった。

会社で電話を取ったとき、
間違って前の部署の名前をいって先方を混乱させた。

折り返しの電話をかけるために伺った電話番号は
復唱までしたというのにメモ書きに記した番号が間違っていた。

シュレッダーのゴミを捨ててあげようとして、
粉々に割かれた書類をぶちまいた。

上手くいかへん。このままやと、絶対どっかでおっきいミスをする。
そう思うと、気が気じゃなかった。
石橋を叩いて叩いて、叩き割る。
無駄やと思いながら、何度も書類を見返し、
今日はもうたったの1つもミスをしてたまるか。
そう思いながら仕事をしていた。

それなのに、またわたしはミスをした。
気にする必要もないくらい些細なミスだったけれど、
社内宛のメールで誤字があったことくらいで世界が滅亡するくらい落ち込んだ。


そして、極めつけは自分の態度やった。

コーヒを飲みながら宙を仰いでいると
「仁科さん、ちょっといいですか」
と、問われた。
若手のわたしよりも、後で入ったキャリア採用の女性の方は業務内容が似ているからよう相談にくる。

ぐちゃぐちゃになったメモに身構えながら、
「ええですよ」と中身を見る。

深刻ではないけれど、すぐには解決できない問題だった。
説明するより、自分でしたほうが早いと思った。
いつもだったら、絶対に説明した。
やけど、そんな余裕がなかった。

「あとでわたしがやるんで、そこ置いといてください」

別になんともない言葉だった。
もとより、わたしのボキャブラリーに暴言の引き出しはほとんどない。
相手も「ありがとうございます」といつも通りに言って、自席に戻っていった。

だけど、たぶんいつもよりほんの少しだけ冷たかった。
笑っていた、とは思う。
突き放すようにいったわけでも、冷たくしたわけでもないとわかっている。
だけれど、いつもよりも少し愛想が足りていない自分の言葉に、他の誰よりも自分が一番傷ついた。


明るく楽しくハッピーに。

それからあとは、ずっとそう唱えながら仕事をした。
上手くいかん日は、はやく帰ってしまおう。
そう思って、いつもよりも少しだけ早く退社した。
20時前に退社すれば、わたしのご機嫌をとるために必要な場所がまだ空いているから。


本屋さんは魔法の場所

ここらへんで一番大きい本屋さんの閉店は21時で、
最近の退社時刻だと間に合わず、久しぶりの来店だった。

入店すると、知らないアイドルの新しい写真集が一番目立つ場所に展示されている。
きれいな人やなぁと思う。
最近、知らない芸能人が増えた。
まだまだ若いと称される年齢だけれど、
新しく世に出る芸能人たちはわたしよりもずっと若い。
妹が好きだという俳優をこれっぽっちも知らなかったとき、
わたしは確かにジェネレーションギャップを感じた。

そんな写真集ゾーンを横目にすぎ、漫画のコーナーに立ち寄る。
最近気になっていた
「死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから」
を、2巻購入する。
普段、広告で見る漫画を購入することは少ないけれど
絵柄に惹かれ試し読みをしたらドストライクな作品だった。

漫画コーナーに後ろ髪をひかれながら、文芸コーナに進んでいく。
ここは魔境だ。
はいったら、2時間は出たくない。
明日も仕事なので、今日の所要時間は10分と決めていた。
漫画コーナーでうはうはしたので、あと6分。

何を買おう、と真剣に考える。
これくらいの集中力があれば、ミスは減るのかもしれない。
わたしは少し、集中力が欠如している。
いろいろなことを同時にしようとしすぎて、
だけれど、それを遂行するだけの能力が不足している。

せっかく魔法の場所にきているのに、なんだか悲しくなってきた。
よくない傾向なので、もう絶対にハッピーになれる本を買おうと思う。

ミステリは、ちょっと悲しくなるのでだめ。
SFは終わりがハッピーエンドとは限らない。
(そういうのも普段は大好物やけど)

今日はエッセイだ。
くどうれいん先生の「虎のたましい、人魚の涙」をもうじき読み終える。
それまでに補完しておかなければ。

頭の中にあったエッセイ買いたいリストを検索する。
ヒットした上位3作品を探しにまわる。

「いかれた慕情」 僕のマリ
「わるい食べもの」 千早茜
「桃を煮る人」 くどうれいん

さっき手に取った漫画2冊と、エッセイ3冊の重みを感じながら
レジへ向かう。
ポイントカード2枚を出して、
「クレジット一括で、ブックカバーと袋はいらないです」
と、伝える。
はいったばかりなのか、新人さんは初々しくあたふたとしていた。

右も左もわからなかったころ、
とんちんかんなことを言い出すわたしを先輩達は優しく見守ってくれた。

右と左くらいはわかるようになって、
それでもまだ意味のわからないことを言い出すわたしに嫌な顔をする先輩は誰もいない。

上司に恵まれた、と心の底から思う。
あぁいう人になろう、と強く思っていた。

だけど、
自分より後に入ってきた人に何かを教えることは、すごく難しい。

急いでいるとき、自分に余裕がないとき。
いつも通り。で常時運転することはとても難しい。

落ち込んで、下を向いて、優しく接することができたか。自問自答を繰り返す。
相手がどう受け取ったかなんてわからないから、
自分が信じる「明るく楽しくハッピー」を貫くしかない。

どうしようもなく落ち込んだ日、早く退社をして
お気に入りの本屋さんに行く。
月に1万円以内と決めている本代を忘れて、
臨時ボーナスと言い聞かせて本を買う。

荷物に増えた重みに幸福を感じながら、
わたしは今日も帰路につく。

明日はきっと
明るく楽しくハッピーな子でいられる。

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