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豊かになってるのに寂しい社会


テクノロジーを使えば世の中便利になる。確かに便利になったが、幸福度はそれによって上がっているか。冷静に考えてみる。

無人機のレジを使えば、スーパーのおばちゃんとの会話はなくなる。

システムに頼るということは、人間関係のコミュニケーションコストを減らし、人件費がかからなくてコスパが良い。そう考えるのが自然だ。

コミニュケーションは機械がやってくれる。

テクノロジーが進歩して、機械を前に確かに便利になった。

安心、快適、便利な世の中だ。これは戦前の人が望んだ暮らしだろう。

ただ、これが幸せな世の中だと言えるか?自分に問うてほしい。

我々は人間関係が希薄になり、何を頼むのも金を出して外部の人間を頼り、コミニュケーションをネットや機械の前でする事で幸福なのか。

私はそうは思わない。

ただ、私は全て人間がやれと私は思っていない。

我々がどんな社会にしたいかが先にあり、システムはその道具であるはずだ。

いつしか我々は人とコミニュケーションを取ることが面倒だと思ってきた。

●近隣の子供の声がうるさい
●祭りの音がうるさい

そうやってノイズを排除し、"自分だけが"快適になればいいと思う人間が増えた。

ただその反面、誰とも関わらず誰にも迷惑をかけないことで寂しさが増える。人間関係が希薄なので誰にもお願いできず、お願いされず休日は誰のために時間を使うこともない。自分のための時間が増えたはずだ。あなたはそれで幸せに近づいたのだろうか。

わずらしい人間関係から解放されたが、あなたはそれでもやる事があるだろうか。

私は、休日に友達の手伝いをしたり、してもらったりしてもらう方が良いと思っている。

いい加減個人個人が何が幸せなのかを本気で考えるべきだと思っている。

私は人が繋がり、共存する世界が幸せだと思う。

そのために、地域で支え合う、仲間で支え合うことを推奨したい。

みんなで支え合うのだ。

そうすれば1人じゃない。そして、仲間のために仕事を頑張る理由ができる。仲間のために休日やる事ができる。その合間にNetflixを観ればいいじゃないか。

繋がりを戻し、みんなで生き抜く共同体を作らないとこの虚無感からは解放されない。

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