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【君と、最期のハネムーン】


「あったよ!たべもの!」

 煤塗れの配給棟入口から、彼女が嬉しそうな顔を覗かせる。私は駆け寄った。

「6食分ぐらいかな。災害用のやつだって」

 見るからに味気なさそうなクッキーバー。それでも、処理施設を出てから3日、初めて見つけた食料だ。私たちは微笑み合った。


 私たちが目覚めた時、世界は既に壊れていた。
 アーカイブによると、隕石が運んできた、ガスやらウイルスやらのせいらしい。それが、5年前。


「それじゃあ、乾杯!」

 ボトルの蓋を捻った彼女が笑う。私も合わせる。
 水を飲み、クッキーを齧った。見た目通りの味わいだけど、空っぽの身体には染み渡る。
 ただ、本当なら私たちもこうなっていたのかと思うと、少しだけ、喉につかえる感じがした。


 ふと、彼女が立ち上がる。私の後ろに回り、包むように抱き込んだ。

「…っ」

 私は反射的に振り払おうとし、すぐに思い直す。

 体温を感じながら、空を見上げた。抜けるような青さの中、錆の浮いた監視ドローンが、非生産的な反市民に赤色灯を回している。あの日のように。


「つづきがしたかったな、って思ってた。凍らされる直前まで、ずっと」

 呟く声。

「…ばかじゃないの」
「うん」

 鼓動が重なる。
 生暖かい感触が、私の首筋を撫ぜた。


「…これから、どうしようか」

 ひと段落した私は、生かされていたという事実を、改めて噛みしめていた。抜け殻の街。いつまで、持つのだろう。

 対照的に、彼女は無邪気に言う。

「それならさ、私、あれを見に行きたい。隕石」

 唐突な方針に、返し方を悩んだ。彼女は続ける。

「ひとことお礼を言いたいな、って」
「こうやって、君と一緒になれる日が来るなんて、思ってもいなかったから」


 私たちは荷物をまとめ、電磁バイクに跨った。

「隕石は海を越えてのセクターらしいけど、どうするの」
「海まで行けばさ、また何かあるでしょ、たぶん。こいつみたいに」

 彼女はそう言って、ハンドルをぺしぺしと叩く。
 私も笑って、その背中を強く抱きしめた。

【続く】

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