『地域社会圏モデル』を読んで


(2018/11/11)

地域社会圏モデルp.123周辺を読んで、

「地域社会圏」「地域コミュニティ」は一時的な関係性である。

そして、子供と介護を必要とする高齢者からすると、その狭い行動圏内がほぼ全てで、そこに対して近隣の「地域コミュニティ」が生活を支えたり豊かにする能力を持っている。

その他の人に関しては、基本的には「間接的に開く、誤読によって開く都市

だから、〔間接的に開く〕のコンセプトに加え、子供と高齢者に配慮のあるコミュニティを担保するレイヤが欲しい。

それがないと、ただ冷た過ぎる場所に見えてしまう。そのドライさの良い所だけを残す、提案する為には、そのレイヤを考える必要がある。

山本理顕「その地域に住み続けてきた高齢者の生活がその場所と無関係になってしまっていいのか。」

①確かに、2018年現在の高齢者は、土地との結びつきが強い人が多く、ネットも十分に使えないので、地域との関係を深く考える必要がありそう。

②逆に、2018年現在の20代以下はインターネットネイティブであり、住む場所の選択、移動の簡便性、インターナショナル思考が整っているので、高齢期はどうなるのだろうか?

場合によっては、盛んな複数拠点居住、複数の地域のコミュニティへの継続的な所属が考えられる。

その一方で、体が元気なうちは良いが、元気でなくなった時、介護を擁する時には近隣との良好な、補完的な関係性があった方がいい。

それはどんな空間像?

仮に、若い内に〔間接的に開く〕都市に拠点の一つを置いたとする。

○必要な時に、必要なスペースが確保できる
○「都市の中で暮らす感覚」をもつ
事がこの都市像の最大の特徴。

「都市の中で暮らす感覚」
→都市に出なければならない役目を誰かに委託するとか?

「決まった人しか関係しない状況」に対して、「地域社会圏」はその母数を適度に増やして、より豊かにしようとしている。

それに対して、この都市像は「決まった人しか関係しない状況」に対して「一家族=一住居」と同じ構図しか描けない。

ここのブレイクスルーは必要そう。最低限でも。

これは現在もない事やけど、職場と住宅との往復が効率的であるばかりに、暮らしているだけでは近隣との仲が良くなる事はなかなか無い。

イベントへの参加にしても、本当に住居の近隣というよりか、もう少し広い範囲での、「同じ興味をもつコミュニティへの所属」という感じなので、考えている都市像とさほど変わらない。

何なら、そういう活動への参加を促していると言える分、改良している。


参考文献:山本理顕ほか:地域社会圏モデル, LIXIL出版, 2010

参照:facebook

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