「チャップリンの殺人狂時代」を見た
この映画も、一回見ているはずなのに、すっかり頭から抜け落ちていた。
見始めるとわかるが、サイレント時代とは全然雰囲気が違う。山高帽にステッキ、ヒョコヒョコ歩く、ちょっとみすぼらしいチャップリンはいないのだ。
ここに登場するのは、きちんとした身なりのアンリ・ヴェルドゥ。お金持ちの女性を騙し、殺し、お金を奪う連続殺人鬼である。
とはいえ、まったく残虐感もミステリアス感もない。彼が殺人鬼であることを匂わすのは、庭の焼却炉から煙が出ているシーンと本当の家族のところで、食事は肉料理と聞いて食べたくない素振りを見せるシーンくらいか?
ぶっちゃけ、前半はつまらない。
かつてのチャップリンらしさが出るのは、雨の夜、保釈されたばかりの若い女性と出会うあたりから。苦労している女性とチャップリンの対は、ここ最近見た「モダンタイムス」「街の灯」にも見られる。
結局、毒殺しようとしていたのに、情にほだされ、大金を持たせて帰してしまう。じゃあ、ヴェルドゥは善い人なのか?本人は何度も(後に再会した時も)善の裏側に気を付けろと彼女に告げる。
その後、アナベラ殺害を謀る辺りはコミカルである。自分のことを「運がいい」と言っているアナベラ。確かになかなか死んでくれない。
ワインで毒殺しようとしたのに、いくら飲んでもアナベルに変化なし。その上、間違えてチャップリン自身が飲んでしまう。
そもそも、手違いでワインに毒は入ってないのだが、毒入りだと思っているチャップリンはあわてふためく。
また、ボートの上で殺害しようとしても、なかなかうまくいかない。ついに、チャンス!という時には、他の人の声が聞こえてきて、実行できず…
この時のチャップリンとアナベルの会話が、アンジャッシュのコントみたい。
「せっかく二人きりだったのに…計画が台無し」みたいなことを言うのだが、二人それぞれ違う思いを抱えていて、クスッとくる。
そして、「殺人狂時代」といえば、このセリフじゃないですか!というのを、最後の最後で思い出した私。おバカ…
「一人殺せば悪党で、百万人だと英雄です。数が殺人を神聖にする」
ヴェルドゥは刑が執行されるその時まで、反省は一切していない。
世界恐慌の波にのまれ、妻子も財産もなくしたヴェルドゥには、もうすべてがどうでもよくなっていたのか?
どちらかというと、潔く負けを認めたのではないか、と思う。
かつて雨の夜に助けた女性は、軍需産業の社長の妻となり、立場が逆転してしまった。この再会をきっかけに、逃げようと思えば逃げれたのに、あっさりと捕まりに戻る。
大量殺人で成功した人間に比べれば、自分はまだまだ素人だった…
法廷でヴェルドゥの言葉を聞く、かつて助けられた女性のアップ。どんな気持ちで聞いていたのだろう。チャップリン映画の持ち味、哀愁がちょっと滲む。
個人的には、そんなに絶賛オススメ映画ではないけど、見て損はないと思う。あの法廷での名セリフを聞くために、人生の二時間を使ってもいいんじゃないかな。
恐縮です