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「ただ集まって、春を待つ」7~9日目

7日目

昨晩、20年分の嵐のシングルを聞きながら夜行バス乗ったせいか、ほとんど寝ずに東京に着いてしまった。その為、午前中は仮眠の時間となったのだが、近くにいた人には死んだかのように寝ていたと言われる。

2週目の展示の様子から、私はそんなに会場にいなくてもいいのではないか?と思い始め、aaploitに向かう前にお昼ご飯と展示巡りを済ませる。

その後、のんびりaaploitに向かうと、すでに先客がいた。ギャラリー内のコタツに飾ってある桜もいい感じに咲いている。
先週は東京にいなかったこともあり、ギャラリーの中を見渡すと、自分が見たこともないようなモノが壁に飾られている。一時期に比べると、お菓子もだいぶ減ったし、壁面もかなり変化があった。その後、オーナーと壁に掛かっているものは、何かとか誰が持ってきたとか、そんな話をしつつ、観客によって変化していく様が面白く感じていた。とはいえ、その時も私は異常に眠たかったので、コタツで寝てしまった。たぶん20分ぐらい。

8日目

ひょんなことから自転車を借りれることになったので、出発前に軽く自転車の掃除をして出かける。1年以上乗っていなかったらしく、空気もスカスカだった為、道中の自転車屋さんで空気を入れてもらう。

今日もまたお昼ご飯にスリランカカレーを食べた。大学時代の友人を連れて、少し気になっていたお店でご飯を食べた。友人とはそのまま分かれて、私は自転車でaaploitへと向かう。東京だと1~2キロの距離は歩く人が多いそうなのだが、私はどうしても時間が掛かってしまうことが気になってしまうので、自転車で移動できるのは、とても嬉しい。

自転車で巣鴨からaaploitの方まで移動していると、小石川の植物園を通る。小石川って「はいからさんが通る」でも出てきた地名だなぁ…と思い出す。どこの場面か鮮明に思い出せないほど、高頻度で小石川は出てきたと思う。そうこう考えているうちに跡見学園の前を通った。その時に跡見学園ってはいからさんの跡無女学館のモデルになった場所かな?と気付く。
そう考えると、紅緒はその近辺に住んでいる訳で、そう思うと蘭丸と浅草まで駆け落ちしようと家を出て、蘭丸が根負けする理由も分かる。なるほど…そういう距離感か…と思いながら、スイスイとaaploitに向かう。

ギャラリーに到着すると、今日もまた既に先客がいたようで、ガラス扉の向こうから手を振った。その人はそのまま帰ってしまったが、しばらくすると1組の家族がやって来た。そのご家族はSNSで上演のことを知り、駆け付けてくれたようだ。1歳ほどの子どもがちゃんと靴を脱いでコタツに入る姿に癒される。そして、そうこうしているうちにもう1家族やって来た。彼らはオーナーの仕事仲間らしく、3歳ぐらいと1歳未満の子どもちゃん達と一緒にやって来た。
今まで、静かだったギャラリーは一瞬にして空気が変わった。私の心の中でも「ああ、変わった…」と漠然とした感覚があったが、それ以上にこの2組の家族に楽しんでもらいたい気持ちが強かった。

しかし、子どもは大人の思うようにはいかない。知らない場所に来て緊張している様子を見て、ご両親と会話しながら少しづつ会話をする。しばらくすると緊張がほぐれてきたのか、ギャラリー内を走ったり、歩いたりし始めた。もう1組の家族の子どもたちも自由にお菓子を食べたり、ジョイントマットの端で遊んだり、楽しそうにしている。

それぞれの両親たちも、それぞれの家族でこの上演を楽しむだけでなく、時より「何歳ですか?」と互いの子どもの年齢を聞いたり、母親の抱っこを求める子どもに対して「こういう時は男はつらいですよね」と父親同士で話していた。私自身、各々の家族が自分たちで楽しむ様子は想像できたのだが、ここでは子どもによってそれぞれの家族が交流する場面まで見ることが出来た。
今まで知らなかった人達がこの場で会話をするような光景は、私にとってとても嬉しい出来事だったからこそ、子どもという存在は凄いなぁと改めて感じる。

その後も、もう一組の来客があり、ギャラリー内は大人から子どもまで、本当に色んな人が集結した空間となった。全然知らない人同士でケーキを食べ、知らない人同士で会話が発生している光景は、上演を行う私が、見ていて一番嬉しい光景でもあり、驚くべき状況でもあった。

9日目

昨日のギャラリーの様子を踏まえて、最終日はオープンの13時からギャラリーにいることにした。最終日だし、あまり人も来ないだろうと考えていた私は、到着して早々に貰ったシュークリームを食べていた。

すると、1人の観客がやって来た。私とは直接的に面識がない人ではあったが、noteを見て来てくださったようだった。その人の様子を見ながら「なんか有難いなぁ~」と思いつつ、引き続きコタツでヌクヌクしていると、1人、また一人と観客がやって来た。そのうちの1人は先週も来てくださった人のようで、会場に入った瞬間に「また変わってる」と言ったのが面白かった。
気が付けば、全然知らない人同士でコタツを囲んでいる状態となり、観客同士でお茶を入れ合ったり、最終日だからといって皆でお菓子をたくさん食べたり、その合間に作品の話をしたりと、妙な一体感が生まれているような空間が出来ていた。

そんな春のお花見の時間であったが、作品そのものがひっくり返るような出来事が待っていた。それは作品の象徴でもあるコタツが譲渡されることだ。15時ごろに譲渡する予定の人が会場にやって来た。そこで、コタツをギャラリーから出すため、その場にいた観客でコタツを運んだり、協力してコタツ布団を畳んだ。私自身、運び出されるコタツの様子を作品として見ている観客を想像していたので、ぞろぞろと何人もの手で運び出されるコタツの様子に驚くばかりであった。

しかし、コタツがなくなった後でも宴は続く。

コタツがなくなった後のマットで同じように座りながら、観客同士で話が続く。しかし、コタツがあった時となかった時では、かなり感触が違うと観客同士でまた別の感覚を共有する。
私たちはマットに座りながらピクニックのように引き続き、お菓子やお茶を飲みながら、色々と話をする。しかし、ふとした瞬間にコタツの距離感の近さが恋しくもなる。

また、終了時間近くに訪れた人達はコタツがないことに驚く。その後、マットも譲渡されて、空間はあっという間に白いギャラリーの空間になった。

クローズまでの1時間ほどはコタツもマットも無くなった状態で、ただ観客がフラフラと壁に掛けられた作品的なものをみるだけであった。その足取りは何とも所在なさげな感じで、いかにコタツがこの空間の軸を取っていたかどうかが分かる。

クローズ時間も過ぎ、オーナーと残った観客で撤収作業を始める。1時間半ほど掛けて書いたガラス扉の詩も5分もしないうちにキレイになった。基本的に搬入作業よりも撤収作業は早く終わるのだが、早く終われば終わる分だけ、少し寂しい気持ちにもなる。

終わりに

今までコタツを使った上演をいくつかの場所で何度もやって来た。それらの経験から、何となくお客さんの動きは想定できたし、自分の作品があまり盛り上がらないことも想定のうちだった。だからこそ、今回のように日を重ねるにつれて作品が良くなっていったことに正直、驚きを隠せない。本当に、自分でもビックリするぐらいに、良い上演になったと思う。

改めて、何故こんなにも上演がジャンプアップしたのだろうか?その理由を考えると、観客が起こした痕跡が重要だったのではないか?という結論にたどり着いた。そして、この上演では観客の痕跡が積み重なる形で空間を変化させていたことが、ジャンプアップした要因になったのだろう。

ここまで上演を振り返っていると、ふと演劇のような上演だったと感じる。「演劇」と言ってしまうと、これもまた語弊がある書き方なのだが、この上演において、演者もギャラリストも訪れた観客も皆、等しく観客であると提示したことから、訪れた人全員がこの空間におけるインストーラーの役目を果たしたのだ。

しかし、一方でこの提示は観客に従来の概念を捨てさせることを暗に要求すると同時に、作り手側の都合も捨てる必要があることを上演中に痛感させられた。ギャラリーの空間では、観客が自らの意志で自由にふるまえる分、作り手側の都合や暗黙の了解を突破してしまう観客もいる。しかし、そういう事態を作り手である私自身は受け入れなくてはいけないのだ。
やはり概念をなくしていく事には痛みが伴うなぁ…と当たり前のことを感じながらも、いかにそれを自分が受け入れていくのか、考えなくてはならないと思った。

他にも、全員が観客というフラットな立場から再度特定の立場が立ち上がる姿も面白かった。例えば、1~3日目のnoteで取り上げたオーナーの変化。それを見たオーナーは3週目に「本当は来た人が自分でお茶を入れなきゃいけないのですが、僕はここのオーナーという立場なのでお客さんにお茶を入れます」と言いながらお茶を入れてた。

時期が味方になってくれたおかげか、観客が持ち寄るお菓子の大半はさくら色で、コタツの上も気付けばピンク色に変化していた。「コタツで春を待っていたら、本当に来ちゃいましたね」なんて言ったオーナーの言葉が脳内で反復していく。

そうですねぇ。春が、来ましたねぇ。



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