オペラは世界の共通文化。入門におすすめの英国ロイヤルシネマ『椿姫』
英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2021/22にてイタリアオペラの傑作、ヴェルディ『椿姫』が絶賛上映中だ。「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」とはその名の通り、世界五大劇場の一つ、英国最高峰のオペラハウスで上演された選りすぐりのバレエやオペラを、映画の形で世界に配信するものだ。オペラファンにとっては日本にいながらにして現地のオペラを観賞できる絶好の機会であることは言うまでもない。さらに「オペラに興味はあるが何から見ればいいかわからない」「敷居が高そう」という人たちのオペラ入門あるいは体験にも、この映画はうってつけなのである。
しかもこの『椿姫』、英国ロイヤル・オペラ・ハウスでは28年目を迎えるという人気の演目。ストーリーはわかりやすく、舞台演出や美術は19世紀のクラシック&ゴージャスな世界が広がる。さらに主演のヴィオレッタは今、注目の歌手、プリティ・イェンデ。オペラ入門としてはわかりやすさ、華やかさ、歌手のクオリティなどすべてが揃った作品なのである。
■物語はオペラならでは顛末。3人の歌手に注目
オペラ『椿姫』はイタリアのオペラを代表する大家、ジュゼッペ・ヴェルディの中期の傑作といわれる作品で、初演は1853年、ヴェネチアのフェニーチェ座。原作はフランスの小説家、アレクサンドル・デュマ・フィスの同名の小説(1848年)で、パリを訪れたヴェルディは戯曲の『椿姫』を見て感動し、オペラに仕上げたという。
物語の主人公はパリの高級娼婦ヴィオレッタ。実は肺を病んでいる彼女は、その現実を忘れるべく社交界で豪奢な日々を送っているが、貴族の青年アルフレードと出会い、真実の恋に目覚める。都会を離れ田舎で幸せに暮らす2人だが、ある日ヴィオレッタのもとへアルフレードの父ジェルモンが訪れ、息子のためにこの恋を諦めるよう懇願。ヴィオレッタはアルフレードの将来を思い、身を引くことを決意するが、事情を知らないアルフレードは裏切られたと怒り、人々の面前で彼女を侮辱する。失意のなかで最期の時を迎えようとしているヴィオレッタ。そこへ真実を知ったアルフレードが現れ、許しを請い、ヴィオレッタは息絶える。
この悲劇の美女を演じるのが南アフリカ出身の歌姫、プリティ・イェンデ。南アフリカという国は、町中などで誰かが歌い始めると、たちまち胸震わせる合唱になるような、国民すべてが歌手ではないかと思うほどのお国柄。イェンデはいわばそのトップスターの一人と言える世界的歌手なのである。1幕の陽気で明るいヴィオレッタのアリア「花から花へ」から、しかし真実の愛を知り、病に侵された身と絶望に打ちひしがれていく様は、スティーヴン・コステロが演じるアルフレードが残酷なだけに、より陰影を濃くしていく。太陽の日差しが強ければ強いほど、その影が一層くっきり表れるという対比のように……。
またアルフレードの父・ジェルモンを演じるウラディーミル・ストヤノフの、慈愛の滲むアリア「天使のように清らかな娘」「プロヴァンスの海と陸」は必聴。むろん彼は身分や世間体から逃れられない父親ではあるのだが、家族を思い、ヴィオレッタにも敬意を持って接する品性のある紳士である。原作では一人寂しく死んでいく「椿姫」が、恋人とその父に看取られ息絶えるという顛末は、このジェルモンの存在があればこそとも思う、説得力のある存在だ。
フランスの小説を題材にしたイタリアオペラ、それを上演する英国屈指のオペラハウス。南アやアメリカ、ブルガリアなど世界中から集まってきた歌手たちなど、オペラは世界の共通文化だと改めて思わせられる。英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズンは幕間のインタビューやリハーサルも、作品理解や観賞の手助けをしてくれる。ぜひこの機会に「世界共通文化」にふれていただきたい。
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