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まつとし聞かば今帰り来む【小説ノック16】

 手土産を持って祖母の家を訪ねると、玄関の前で叔母さんが立ち尽くしていた。いつものように着物姿の叔母さんは、左手に大きなトートバッグを持っている。バッグからは何か、プラスチックの柄が飛び出していて……ついに、掃除道具でも持ってきたのかもしれない。
「香苗叔母さん?」
 仕方ないから、声をかける。来るのは明日にしておけばよかったかな。
「ああ、みちるちゃん」
 ほっとしたようにも、残念そうにも見える顔で、叔母さんは私を見た。祖母の様子を見に来たものの、しり込みしていたのだろう。祖母は、叔母さんのことをかなり嫌っているから。
 それでも叔母さんは、時々祖母の家を訪ねているらしい。実の母親に対する、責任感とかそういったものが理由なんだろうけど。正確な理由はわざわざ聞くことでもないだろうと、あえて尋ねたことはない。御親切なことで、と他人事のように思っている。
「悪いんだけど、一緒に入ってくれる?」
「いいですよ」
 連絡先は教えているんだから、前もって連絡してくれればいいのに。インターホンを押すと、少しかすれた電子音の後で、玄関の引き戸が音を立てながら開いた。
 この家には、祖母が一人で暮らしている。母と叔母の実家である家は、祖父が建てたものだと聞いていた。年代物ということもあって、だいぶガタがきている。
「まあまあ、みちるちゃん」
 祖母は、にこにことして私を出迎える。痩せた祖母は、平均からすれば決して低くない身長のはずなのに、小さく見えた。
私の横に叔母さんがいることに気が付くと、祖母は途端に顔をしかめた。そんな露骨な顔をしなくても、とは言わない。もう九十歳近いこの人に、その態度を直せるとも思えないからだ。
「香苗叔母さんも、入ってもらうね」
「そう」
 つっけんどんな言い方に、正直なところイラっとする。もう少し、せめて私がいるんだから気を遣ったりしてほしいものだ。
「お母さん、今日こそは掃除するからね。道具もたくさん持ってきたし」
 叔母さんが強い口調で話しても、祖母は聞く耳を持たない。叔母さんも、出会っていきなりそんなことを言わなくてもいいのに。
「いいんだよ、自分のことは自分でするから」
「そんなこと言っても、ホコリだらけじゃない」
 祖母の家は、確かに汚い。というよりも、物が多すぎてホコリ云々の問題じゃないんだけど。正直私には、ゴミ屋敷の四歩手前くらいに見える。片づけたい叔母さんの気持ちもわかる。
叔母さんはこの家を訪ねては、掃除させろと言い続けているらしい。それは私がこっちに来る前からのやり取りで、もう何年も続いているんだそうだ。
私に言わせれば、二人の間には妥協点がないから上手くいかないのだ。叔母さんの方が、もう少しテクニックを使うべきなんじゃなかろうか……なんて思ったりもするのだけど。
「じゃあお母さんが自分で掃除するの? できないでしょう、また物が増えてるし」
 玄関先で叔母さんがまくしたてる。私は二人のやり取りをよそに、手土産の袋を開けた。とりあえず、用を済ませて早く帰りたい。
「いいんだよ、そのうちするんだから」
 そのうちっていつでしょうね、なんて。
「おばあちゃん、これ瀬戸屋のお饅頭。よかったら食べて」
 だってどう考えても、祖母が元気なうちはこの家を片付けるなんて無理に決まってる。だいたい、最終的には私と叔母さんでどうにかすればいいんだから……だから今はどうでもいい。
「あら、ありがとう。みちるちゃんは気が利くね」
「ううん、おばあちゃんが元気なら、それでいいから」
 祖母は私に向かうと、大袈裟なくらいに喜んで見せた。なんだろうな、この感じ。母も祖母のことはあんまり好きじゃないらしいし、私も別に好きではない。身内だから面倒見ない訳にもいかないしな、と思うだけだ。
「みちるちゃん、あんた良い人はいないの? まだ若いからってぼんやりしてるとね、この子みたいに一生独身よ。そんな親不孝なことしちゃいけないからね」
 祖母の時代の価値観なら、そうだったかもね。幸い、私はハートが強いので……それくらいのことでは全く傷つかないのだった。
「うーん、考えてるとこ。今日は顔見に来ただけだから、また来るからね」
 叔母さんに目配せすると、私は空気を読まずに家を出た。叔母さんも何か言いたげではあるけど、黙って続く。
「また来るんだよ」
 祖母の言葉に曖昧に頷きながら、戸を閉めた。どっと疲れる。祖母と叔母さんがセットになると、いつもこうだ。
「叔母さん、無理して来なくてもいいんじゃないですか? とりあえず私がいますし」
「でも、みちるちゃんまだ若いし。あんまりあの人の迷惑かけたくないから」
  それとなく言っても、伝わる気配はない。
「別に、いいんですよ。私のことは母の代わりだと思ってもらえれば」
「姉さんの代わり、ね」
 叔母さんは、ぼんやりと考え込むような目つきをしている。代わりというか、母さんがあっちを離れられなかったから、私がるり湊へ来ただけのことなのだけど。
「そういえば叔母さんって、母とは何かあったんですか? この間も何か電話で揉めたって聞きましたけど」
「……昔、ちょっとね。今もそれで」
 たっぷり間を持たせた叔母さんの返事に、ふーんと思う。
「まあ、いいんですけど」
 別に、叔母さんの人生に興味がある訳じゃない。私は自分の周りで揉められるのが好きじゃないだけ。叔母さんと母の間に何があったのかは知らないけど、私を巻き込まないでさっさと仲直りなり喧嘩別れなりしてほしいだけだ。
「じゃあ、私、帰りますので」
「ああ、うん。……じゃあね、また」
「はい」
 叔母さんは、優しすぎるのだ。アパートへの帰路へ足を向けながら思う。私みたいに、「そんなこと知らないし」みたいな態度でいれば、祖母のことで思い悩むこともないだろうに。
 でも、優しいところが叔母の良いところでもあるんだろう。人の悩みを聞いたり、解決のサポートをしてあげたりというのもやっているらしいし。そういうことは、私にはできないことだ。だって私、悩まないし。
「別に、いいんだけどね。どうでも」
 祖母がどうなろうが、叔母がどうしようが。私は法律上の最低限のことをするだけ。できれば、お金をかけずに。だって馬鹿みたいじゃない、私には私の人生があるのにさ。

***

あんまりお題に沿えてないし、話が込み入ってる。

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