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処刑少女の考察道:マノンの強さと母の想い

『処刑少女の生きる道バージンロード』アニメ1期にあたる物語を通じて主人公がついに勝てなかった相手。それがマノン・リベールだと「アニメ映像から考える強敵 マノン」で書きました。
 決して、やべー性格で眉毛がカワイイだけのコスプレした中ボスなどではないと。

アニメ『処刑少女の生きる道』第7話より©佐藤真登・SBクリエイティブ/処刑少女製作委員会
会議で退屈そうにし、周囲からも軽んじられているマノンの描写。 第一印象の影響は大きい。

 しかしメノウは、町がひとつ消えるという壮絶な出自と、厳しい修練や実戦、それらを経てきた処刑人です。
 どうしてマノンは、強キャラとして並ぶことができるのでしょうか。何の能力も持たない、過去のトラウマに縛られたお飾りのお嬢様では、なかったのでしょうか。

アニメ第1話より
全てを失ったところから経験を積み重ねてきたメノウ。
貴族令嬢のマノンに勝てないことに合理性はあるのか?

 今回は、小説の内容をもとに改めてマノンの背景を確認してみましょう。
 もちろん、そこには母親が多大な影響を与えているはずですので、彼女についても迫っていきます。

アニメ第10話より
マノンの回想の中での母親。
悲しい経緯と末路、そしてこの表情が、視聴者の心の中に彼女の人格を投影する。

 母娘の設定と印象について、これが唯一の正解と断定するものでは決してありません。
 儚い『迷い人』と何も持たなかった娘、という印象も好きです。強い人も好きですが。
 どうぞ『処刑少女の生きる道』本編を読んで(あるいは視聴して)抱いた印象こそを大事にしていただいた上で「そういう想像もできるのかー」と楽しんでいただけたらと思います。

 本編からあなたが精神で感じ、あなたの魂に定着した感想。それこそが、あなただけの純粋で大切な物語のはずですから。

この記事のネタバレ警告

 今回は小説2巻まで、コミカライズでは4巻26話まで、アニメでは12話までの内容に具体的に言及します。

 また、コミカライズ4巻単行本収録の書き下ろし短編小説『母娘』も参考にしています。
 この短編には、これまで文庫本の小説本編やアニメでは明らかになっていなかった情報が含まれているのですが、コミカライズ4巻までの展開を読んでいる人にとってはネタバレではないと解釈して考察に加味しています。
 購入者特典としての価値があると思われるため、具体的な言葉を出すことは控えています。
(コミカライズ版は美麗な絵で、漫画ならではの貴重な表現も多く描かれています。オススメですよ)

 そして小説3巻以降にあたる物語の中でマノンがどのような役割を果たしていくのか――ということにも少し触れる必要がありました。
 3巻以降に起きる具体的な出来事や登場人物の命運などは明かしていません。

 これらの点をご承知の上で、お読みください。


実はスペックが高い娘

 まず、マノンという人物を考えるにあたっては、その世界が百合至上……いや、女性優位の社会であることを再確認しましょう。
 千年近くにわたり、女性でなければ支配階級になれない体制が続いている世界です。

第一身分ファウストになれる人間は選出段階から女性で、同時に孤児だと決まっている。

小説1巻3-4章幕間よりメノウの回想
(著:佐藤真登/イラスト:ニリツ GA文庫/SBクリエイティブ刊)

 グリザリカ王はたまたま男性でしたが、アーシュナは後継者争いに巻き込まれることを嫌って出奔しています。つまり女性にも第二身分ノブレスの継承権が当たり前にあるのです。
 身体能力の差も導力操作で簡単に覆ることを、モモやアーシュナが証明しています。

 これらのことから貴族の一人娘というのは、政略結婚の要員ではなく、後継者として教育されるものと思います。

 実際、彼女が後継者であることは決まっていました。

うら若きリベール伯後継者のお披露目パーティが開催される予定だ」

小説2巻3章アーシュナの台詞より

 お披露目パーティの開催自体は、マノンがリベール城の中枢メンバーをシメる前に決まっています。

色を失った『第四フォース』を眺めながら、マノンは一人淡々と言葉を紡ぐ。「そのために明日、リベール城で開催する夜会もいろいろと仕込みをしているのですから、みなさまも参加してくださいね?」

同章

 次に、彼女自身の能力について考えてみましょう。

 マノンは周囲の期待に応えられなかったと自分を評価していますが、これはひとえに『第四』に純粋概念をもたらすことを期待されたからです。領主の後継者としての尺度ではありません。
 教養に関して不出来であったという描写はなかったと思いますし、実際にメノウとの議論において相手に自己批判させるような言葉すら引き出したことは「アニメ映像から考える強敵 マノン」で書いた通りです。

「わたくしが思うに、人は二度生まれます。(中略)ただ、二度目の誕生ができない人間は、意外と多いのです」

小説2巻4章マノンの台詞より

そしてこの名言。
(ちなみに私は、この台詞のおかげで、3巻以降も信じて読み続けることを決めました)

「わたくしが思うに」と言っている通り、どこかの本や講和の受け売りではなく、自分の体験や他の人間の言動を分析し、一般化して語っています。
 親なり家庭教師なりから教わった言葉という設定にすれば、マノンの「お飾り令嬢感」が表現できたはずですが、そうはなっていません。
 ちゃんと知性も教養も高いことが表現されているのです。

 出自については、かくまわれた『迷い人』とのハーフにして四大人災ヒューマンエラーの妹という、他に例のない稀少きしょう性があります。
 また、幼少期にはかなり壮絶な体験をしているともいえるでしょう。

 物語の重要人物『陽炎フレア』に人生を変えられたという設定も、主人公と共通しています。
 この点は強キャラの設定として申し分ありません。

コミカライズ4巻 第25話より©Mato Sato/SB Creative Corp.

 つまり、舞台世界における立場、能力、出自、経験した出来事や人間関係についても、ちゃんと特別な存在として設定されているのです。

 1エピソード限りの出番となる現地の敵組織の首領(最後は大ボスに取り込まれるところまでがお約束)と見せかけて、シリーズ全体を通じた重要人物だったと。
 シリーズ冒頭の【無】のミツキと同じく、お約束というか様式美を敢えてやって見せた後で「という話ではないんです実は」と続くのが本作ですからね。

 小説2巻の最後にあたる部分で復活して万魔殿パンデモニウムと活動を始めた時点で察せられる通り、この後もマノンは活躍します。
 メノウは、あくまで第一身分ファウストの処刑人という切り口からアカリの問題に対応していきます。
 マノンは「『第四』の体現者」らしく自由な発想で、この不条理な世界の謎に迫っていきます。その過程でも彼女の知性が光ります。「最初から知っている」のではなく、情報を集めて仮説を立て、それをもとに人から真実の欠片を引き出して繋いでいく――そんな役割を、相応の知性と教養を有していてもおかしくない設定を持つ彼女が担っていくことに、説得力を感じます。

 そもそも、この物語の登場人物は、能力も実績もあるにも関わらず自己評価が低い傾向にあるのです。その際たる存在は小説3巻で登場するので、いずれ掘り下げるつもりです。


母は強かったのでは

 それにしては一族の中でマノンの扱いは不憫ふびんすぎない? 実際に跡取りとして扱われていたようには思えないんだけど……。という感覚を持たれている方もおられるかもしれません。
 メノウとアカリがリベールを訪れる時期においては、そうですね。

 確かに、マノンの父親は、妻の代わりにその娘に純粋概念の使用を押し付けようとした人物です。周囲の一族も、純粋概念ばかりを期待した結果、マノンには失望していました。

 そのような中で、前述した「後継者としての教養」を実際に担保したのは、やはり母親の力であったとしか考えられないと思います。
 母親自身はメノウたちの世界の教養に明るくないかもしれませんが、きちんとした教師を付けさせることはできたと思うのです。

 ここからはマノンの母親について考えていきましょう。

ただ彼女は、自分が娘を失った寂しさを埋めるために、マノンを愛していた。マノンはいつも母の瞳が自分を通り過ぎた遠い彼方を見つめていることに気が付いていた。

同章よりマノンの回想

 確かに、このように描写されています。

 しかし、親が自分よりも他の子のことを大事にしているように感じてしまうというのは、姉妹兄弟あるあるです。
 マノン視点で語られる部分について、その分は割り引いて考えなければなりません。

アニメ12話より
同10話では描かれていなかった柔らかい表情をマノンが「思い出す」。
アニメもまた実写による客観的な記録ではないので、
描かれるものは視点人物の主観による部分があるはず。

 また、コミカライズ4巻単行本に収録されている短編小説『母娘』でも、母親は普通で気弱で流されるがままに生きる人物であったように描写されています。
(前述の通り、具体的な引用は控えます)

 しかしこの物語の登場人物は、能力も実績もあるにも関わらず自己評価は低い傾向にあります(大事なことなので何度でもいいます)。

 母親が日本にいた頃にやっていた活動は、自身にも相当な能力や努力が求められるものだと思いますし、その経験は第二身分に必要とされるであろう社交技術や教養にも通じるものがあったはずです。

第四フォース』が『霧魔殿パンデモニウム』の解析を開始したのは、母が父に提案したからだ。

小説2巻エピローグよりマノン視点の地の文

 このように、情報を集めて仮説を立て、影響力を行使していたという事実もあります。
 後にマノンが世界の謎に迫っていく手法に重なる感じもあります。この母にしてこのあり――だったのかもしれません。

 何より、母親は死に際して、マノンを守るために純粋概念を抑えこんでいます。

意思を失いかけていた瞳に光が戻り、マノンを見つめる。

小説2巻4章よりマノンの回想

 おそらく意識を失ってしまった方が苦痛も早く終わったはずが、純粋概念を抑えこむために感覚を保ち続けたという描写と思われます。

 そのような母親が――

 自分自身には、いつ処刑人の手が伸びるか分からない。
 夫も一族も『第四』に関与しており、その勢力は落ち目である。

 このような状況で、娘の行く末のために何の手も打たないとすれば、逆に「普通」とは何だろうと思ってしまいます。
「気弱」な人であればこそ、不安になっても不思議ではありません。


母には見えていた道

 マノンが主人公に並びうる有能で特別な登場人物であるための要素は、実は各所で表現されていました。
 そして、彼女をそのように育てたのは母親であり、母親自身も決して弱いだけの存在ではなかったと思われます。

 ただ、先述の通り、母親の存命当時から既にリベール家の先行きは明るくありません。
 後継者としてどんなに能力を育んだとしても、それだけでは娘を救うことはできないと、母親は分かっていたと思います。

 彼女は娘のために何をしたのか。
 リベールに当時からいたある人物の言動に、その手がかりは残っているように感じます。
 次回は、マノンの母親とその人との間に何があったのかを、探ってみましょう。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 長くなったので分割し、次回へ続きます。

『処刑少女の考察道オタロード』では本編から材料を拾い上げて、登場人物たちの設定についてより深く楽しむきっかけになれるような考察をしていきたいと思います。
 それによって『処刑少女の生きる道』の魅力がより多くの方々に伝わることを目的としています。
 更新はTwitterでもおしらせします。

イラスト素材:イラストAC funboxphoto


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