見出し画像

《長詩》アスファルトに描く夢

私には、
選ぶ権利はなかった。
それは生まれる前から決まっていた。
女の子が生まれると知って、
母は喜んだようだ。

子供の頃は、
髪を長く伸ばして、
赤いランドセルを背負った。
長く伸びた髪が目に入って、
はさみで切ったら、
母にひどく怒られた。

私の体は男と違うらしい。
少しずつ、そんなことに気づき始めた。
中学校に上がってから、
片頭痛に悩まされるようになった。
月に一度、猛烈に機嫌が悪い。
私は、
新しい命を、
生むことができる。
見えない運命に縛られているようで、
怖かった。

私には友達がいた。
彼との始まりは、
同じ俳優が好きだという、
ただそれだけだった。
いつしか、二人でいる時間が長くなった。
まじめな話もくだらない話も、
彼とならすることができた。
話す必要がないくらいに。

彼と映画を見に行った帰り道、
ごはんを食べて、
ビールも飲んで、
駅まで一緒に歩いて帰った。
蒸し暑い、夏の夜のことだった。
線路の下を通る暗い道で、
彼は私の手を握った。
私は驚いて彼を見た。
次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。
熱かった。
彼の荒い息づかいが聞こえた。
そうして、私の耳元で彼はささやいた。

私は腕を振りほどいて走り出した。
どうやって家に帰ったのか覚えていない。
胃の中のものをすべて吐き出し、
皮がむけるほど手を洗い、
顔に水をたたきつけ、
電気をつけたままベッドに倒れこんだ。
朝まで震えていた。
彼が求めていたのは私ではなかった。
気持ちはつながっていなかった。
彼は、私が望む言葉を知っていて、
それを並べていただけだった。

その日から、
ぼんやりすることが多くなった。
仕事をしながら、
画面をいつまでも眺めていた。
文字は頭から足元に落ちて散らばり、
上司に声をかけられ、
悲鳴を上げた。

土曜の夜、
涙が止まらなかった。
日曜の朝、
街へ出かけた。
髪を切った。
服も捨てた。
私は私。
この思いこそが私。
私を見てくれる人にだけ、
私を見てほしい。

「男じゃないよね。」
「違いますよ。」
「女の子なんだ。」
「違います。」
「どっちなのさ。」
「人です。」
「えっ。」
「人ですよ。」
「ああ、確かにそうだね。
 で、どっちなの?女なんでしょう?」

コンサートに行ったら、
入口でアンケートをもらった。
性別を書く欄をじっと見て、
女と書いた。
会社の書類にも女と書く。
天井を見上げて、
ため息をついた。

昼休みには、売店で買ったパンを食べる。
いつからだろう、誘われなくなったのは。
いや、違う。
私が離れたかったのだ。
同僚たちは、
女であることを受け入れて、
男から愛されて、
偽りの笑顔で自らを守り、
いつの日か母となる。
幸せのレールの上で、
彼女たちは生きていく。

歩き出そう。
前に向かって。
重い荷物は投げ捨てて。
私はもう自由だ。
歩き出そう。
私のために。
私自身のために。

相変わらず、片頭痛は止まらない。
月に一度、機嫌が悪い。
膨らんだ胸を抱えて、
夜中に一人でささやいた。
ごめんね。
役に立ててあげられなくて。

そうして私は、
人込みの中に消えていく。
私だけの未来へ向かって。

終わり

この物語はフィクションです。役者として参加していただいたモデルさんに、深く感謝致します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?