見出し画像

《詩》稲穂

私がまだ
小さな小さな子供だった時
一人で田んぼのあぜ道を走り回った
春になると紫色の花が咲いた
あれはレンゲの花というのだと
おばあちゃんが教えてくれた

眠れなかった夏の夜
私はふとんから体を起こした
暗闇の中から寝息が聞こえた
私は居間の灯りをつけて
椅子の上にうずくまった
カーテンの間から光が漏れた
私はサンダルを履いて外に出た
白い光が私を打った
空は青く
どこまでも青く輝いていた
私は誰もいない道を歩いた
目の前に田んぼが広がった
緑色の稲が果てしなく続く
朝の風が吹くと
緑色の波が陽の光を映しながら
この世界を通り抜けていった

実りの秋
太陽の光が
種をくるむ揺りかごになる
冷たい風が吹き
木々の葉は色を変え
全ては終息の時に向かう
いつもと違う道で帰ったある日
私は田んぼの横の道を歩いた
稲穂は重い種を背負い
黄金色に輝いていた

雪がしんしんと降る中
私はふと立ち止まった
ここには確かに道があった
その向こうには森があった
白い雪が大地を覆う
でもきっと雪の下には
まだ見えない春が
静かに息づいていると
私は信じていた

十年後の春に
ふるさとに帰ってきた
かつて田んぼがあったところには
家が建っていた
かつての私のように
子供たちが走り回る
この小さな町の中で
季節は巡る
道の向こうに
レンゲの花が見えた気がした

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?