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西本願寺の魅力を可視化する “お西さんのマーケター”

2023年から「開かれたお寺」を目指すべくスタートしたマーケティングコミュニケーションチーム。その一員としてマーケティング部門を担当しているのが、吉川 昌孝(よしかわ まさたか)さんです。今回は吉川さんの役割や、マーケターの視点から見た西本願寺についてお聞きしました。

吉川 昌孝
1965年名古屋生まれ。博報堂でのマーケティングプランナー、研究員を経て、2020年より京都の大学に勤務。2023年に発足した西本願寺のマーケティングコミュニケーションチームでは、マーケティングを担当。

お西さんのファンづくり

ーーマーケティングコミュニケーションチーム内で、吉川さんはどのような役割を担っているのでしょうか。

一般的にはCS(Customer Satisfaction / カスタマーサティスファクション)調査という、いわゆる来訪者アンケートを実施し、来訪者と接点をふやすためにどんなことができるかを探っています。現在は性別、年代、来訪目的などを記入してもらうアンケートを実施し、どんなことが人気なのか、なぜ西本願寺に来てみようと思ったのかなど、来訪者の傾向を分析することで今後行う催しや仕組みづくりなどに役立てていく予定です。

2つ目はSNS分析です。西本願寺が運営しているInstagramX(旧Twitter)などの反応を1つずつ投稿ごとに分析して職員の方たちと共有し、多くの方に注目されるSNSになるように会議を重ねています。顧客と接触する機会を「タッチポイント」というんですが、西本願寺はホームページを見て来訪される方が圧倒的に多いんです。ですのでホームページの改善などを行う定例の会議にもオブザーバーとして参加しています。

お西さん(西本願寺)公式ホームページ

ーーそもそもお寺である西本願寺で、なぜマーケティングを実施することになったのでしょうか。

安永執行長(西本願寺 代表役員)が前任の築地本願寺でもCS調査を実施し、その必要性を感じていらっしゃったからだと思います。ブランドマークやタグラインを制定して、西本願寺としてのブランド力を高めていくと同時に、CS面でも魅力作りをしていく。こうした考えがあって、京都に在住しているマーケターを探していたと聞きました。

左からクリエイティブディレクター原田 朋さん、安永執行長、ブランドデザイナー サノワタルさん

ーーそれで吉川さんに声がかかったんですね。

実は前職が原田 朋さんと同じ東京の広告代理店だったんですよ。一緒に仕事したことはなかったんですが、共通の知り合いがたくさんいてお互いに存在は知っていました。私は前職を退職してから、京都の大学で仕事をスタートしていたんですが、そのことを共通の知人から聞いて原田さんが連絡をくれたんです。お話を聞くうちに、お寺のマーケティングというこれまでに経験したことのない仕事に興味が湧いて、仕事を受けさせていただくことにしました。

アンケートから見えた西本願寺の魅力

ーー企業とお寺のマーケティングには、どのような違いがあるのでしょうか。
一般企業なら、商品を売りたい、認知を増やしたいなど利益を増やすために明確なゴールが設定できますが、西本願寺は拝観料もなく、直接的な収入を増やすことを目的としていないわけです。じゃあ目的が何かというと、浄土真宗本願寺派の門徒さん(信者)を増やすこと。これまで支えてくれていた門徒さんたちが高齢化する中で、新しい門徒さんを増やさないといけないというのが今の大きな課題です。

しかし、今のご時世にいきなり「門徒になりませんか」なんて言われたらびっくりしますよね。だからまずは西本願寺のファンをどう作っていくかという考えに切り替えて考える必要があります。何度も来てもらう中で心理的な満足が得られるような体験をしていただき、まずはファンになっていただく。その中で門徒さんになりたいと思う人が現れるかもしれません。ですからお寺にとっては、長期目線での来訪者(顧客)との関係性づくりが重要なんです。

ーー実施したCS調査ではどのような結果が出ているのでしょうか。

来訪者アンケートでは、西本願寺に対する満足度を書き込んでもらうんですが、9割の方が「満足した」と答えています。さらにその理由の中で、圧倒的に「お西さんを知ろう!」(お坊さんが境内をガイドするツアー)に満足されている方が多いんですよ。

1日4回実施する境内ツアー「お西さんを知ろう!」
吉川さんも「お西さんを知ろう!」に参加

私も体験しましたが、宗教者であるお坊さん自らがガイドとなり境内を巡るので、観光ガイドとは違う面白さがあるんです。西本願寺の歴史や場所を伝えるガイドであるとともに、「たまには足元を見つめてみましょう」「今日ここで出会ったのもご縁ですね」と、親鸞聖人の教えを伝える法話を聞ける時間でもある。

参加者からも「お話が面白かった、ためになるお話を聞けた」という意見が多く、日常の中でつい忘れかけている大事なことを、思い出す時間にもなっているんでしょうね。ただ見て回るだけでなく、お坊さんから直接話を聞けることで大きな満足感が得られるんだと思います。

来訪者の声を発信し、魅力を伝える

ーー他には、どのような意見があがっているのでしょうか。

アンケートには、「お堂に入ると心がすごく落ち着きます」「苦しい気持ちが少し和らぎました」というような声もあるんですよ。

お寺の檀家制度って、社会の中で「家、血縁」という存在が強くあったからこそ発展してきた仕組みだったんですが、それが今崩壊しつつあり、成り立ちづらくなっています。初めはそれでも門徒さんを増やしていかなくちゃならないという課題に対して思案に暮れていたんですが、アンケートを読んで、「お寺は今まさに、求められている存在じゃないか」と気づいたんです。

参拝そのものには「血圧が下がります」「これを使えば便利になります」というような機能的な面があるわけではないですが、仏さまの前で手を合わせているときは、生きている中で感じてる不安や悩み、そういったものから少し、離れられる時間を持つことができるんですよね。

こうした唯一無二の時間を持てることや、先ほどの「お西さんを知ろう!」などで得た満足感を、どう次のアクションに繋げていくかということが喫緊の課題です。また参加したいと思う仕組みがあれば、自然とファンになっていくじゃないですか。それを今後、西本願寺の皆さんと一緒につくっていきたいですね。

ーー具体的には、どのような施策を考えていらっしゃるのでしょうか?
ファンづくりという点では、こうした生の声をSNSなどを通じて発信していこうと考えています。特に「お西さんを知ろう!」は満足度も高く、参加のハードルも低いコンテンツですから、参加者の声をどんどん発信し、「お西さんを知ろう!」を間口にして西本願寺に興味を持つ人を増やしていけたらと考えています。

それと同時に、西本願寺で行われている大きな法要や、帰敬式(ききょうしき/生前に法名をもらう儀式)なども、HPやパンフレットに情報が記載されてはいるものの、何にも知らない人が見ると縁遠く感じるものが多いんです。今後はお寺のことを知らない人が見てもわかりやすく、楽しめるような情報発信に取り組んでいきます。

西本願寺との関わりで変化したこと

ーー来訪者が高い満足度を感じているというお話でしたが、吉川さん自身は西本願寺に対してどのようなことを感じていらっしゃいますか。

実は今年の1月の末に父が急に亡くなったんですよ。いろいろなことでずっとバタバタしていてすごく疲れてしまっていたんですね。そんな日々を過ごす中である日、打ち合わせが始まる前に御影堂にお参りしたんですが、なぜか気持ちがスッと落ち着いて。「今していることは、周囲のためを思ってやってることなのか、自己中心の考えからやってることなのか」と自分の行動を見つめ直すことができました。

西本願寺とのご縁がなかったら、あの状況を乗り越えられなかったんじゃないかと思うぐらい感謝しています。ここに毎週のように来させていただくご縁があることが、本当にありがたいんですよ。

ーーー心が落ち着く場所があるというのは、貴重なことですよね。
御影堂に「南無不可思議光如来(なもふかしぎこうにょらい )」と書かれた脇掛(わきがけ)があるんですが、あの字を見てるだけで落ち着くんです。御堂に入る前にお辞儀して「ありがとうございます」とお参りをして、帰るときに失礼しますとお辞儀して帰る。この実体験の繰り返しによって、ようやく僧侶の方々の話すことが理解できていく感じがあります。それだけでも他の寺院とは違った存在意義がありますよね。

※脇掛…ご本尊の両脇にかける掛け軸

ーー自由に来て、ただ座っていてもいい場所だからこそ、できる体験ですよね。西本願寺統括デザイナーのサノワタルさんは、仕事で煮詰まった時にお堂に来るとおっしゃっていました。
やっぱり、皆さんもそうなんですね。元はお寺自体と特別な繋がりがあるわけではない人が、どのようにしてお寺と接点をもつようになったのか。そこに至るまでの背景も、私たちの実体験を通じて紹介していけたら面白いんじゃないかなと考えています。

現代のお寺の役割は、一般的にお葬式を執り行うことが中心になっている感覚もありますが、かつては学問を教わったり、暮らしが円滑に進むように話し合いが行われる場所でした。しかし今は、お寺で何が行われているのかが伝わりにくく、お寺に入っていいものかと躊躇してしまう。そうしたお寺との関わりがどんどん減ってきているときだからこそ、今の西本願寺でどのようなことが行われているのかを可視化して伝えていく、発信していくことが鍵になると思っています。