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代わってください

「カツカレーどうでした?」
 副機長の彼は、先程からテイクオフの準備をしていない。
「今週から、カツの揚げ方をカラッとリニューアルしたって」
 言い方が全然カラッとしていない。恨み節がべっとりまとわりつく。
「油がキツくないな。スッキリとした気持ちでフライトが出来そうだよ」
 彼がやらない分、多めに準備を進めた。時間はまだあるが、追い込まれて慌てるのは嫌だ。
「きつねうどんは食べ飽きました」
 彼は下を向き、うなだれた。
「帰りのフライトも一緒だよな。今度は君が好きなものを食べれば良い。僕はそれ以外を食べるから」
 そのように言えればいいんだが、中々どおして食事のメニューだけは譲れない。パイロットの仕事をしていて、楽しいのは食事とCAさんとのふれあいだ。
「帰りのフライトも一緒ですよね?」
 彼が見上げるように聞いてきた。
「そお、だったかな?」
「帰りは、何食べるつもりですか?」
 内角にズバッと投げ込んできた。我々の業界、次の食事のメニューを直接聞く事はまずない。まず、機長がメニューを選び、副機長がそれ以外というのが慣例だ。それは同じものを食べて、二人共が食当たりしないようにするためだ。
 今回のように、カツカレーを頼むと、カツカレーだけでなく、豚カツ、加えてカレーはすべてアウトとなる。
「今は腹いっぱいだからな、着いてみないとなんともわからんな。ハハハ」
 最後に軽く笑いを入れて、コックピット内の空気を和らげようとした。
「あーあ、どっちにしろカツカレー美味いのはここの空港だもんな」
 彼は窓の外を見るとは無しに見た。
「ぐきぎぎぎ」
 私は、体を目一杯伸ばして彼の分のスイッチを切り替えた。
「流石、カツカレー食べると、体伸びますね」
 嫌味を言われる始末。
「豚が有名だもんね、ここは」
 下を指差し、名産品だから食べたんだとアピールした。
 しかし、実は、本当は、私、
 唯一の特殊能力、副機長が何を食べたいか、だけは直感でわかる!
 メニューを見ると、特定のメニューが目につく、それが副機長の食べたいものだ。外した事はまずない。とはいえ、しょっちゅうそんな事をしていると私の評判が下がるので、特別な時だけだ。
 それは、チーフCAが浜本さんの時、さらにロングフライトで、CAさんとコミュニケーションが取れる時間がある時だ。
 そんな時は、副機長は軽く弱らせておいたほうがよいと思うと、この力を発動させる。
 今回はその時で、帰りのフライトもそうだ。彼には悪いが、食べたい物を食べさせるつもりは無い。弱った所で、浜本さんと少しは会話を楽しみたい。
「機長? 準備はどうでしょうか?」
 その浜本さんから連絡が入った。
「ああ、もうほとんど準備出来てます」
「了解です」
 やはり、声に品がある。清楚な中に、可愛げもある。
 今日のフライトは楽しみだ。

 
 我々はとっくに雲の上の人となり、オートパイロットで、一旦リラックスしていた。 
 副機長の彼は乗客のように、寂しく外を見ている。
 コンコン
「失礼します」
「はい」 
 ドアをあけると浜本さん。コーヒーを入れてくれていた。
「お、ありがとう」
 私は、コーヒーを受け取った。
「ミキ~、カツカレー食えなかったよ」
「こら、けんちゃん、呼び方!」
「あ、ゴメンつい。でもカツカレー」
 み、み、美記? 確か、浜本さん下の名前美紀(ミキ)だった。
 ど、ど、どういうこと、
「同期何です。失礼します」
 浜本さんは慌てて、出ていった。
 あ、あ、怪しいーー。
 ふてくされてコーヒーを飲む彼を見た。けんちゃんと呼ばれている。
「浜本さんとは同期の中でも仲良いのか?」
 心無しか声が震えていた。
「まーそうっすね」
 なーーにがそうっすねだ!!
 浜本さんだぞ!!ミキなんで呼べたら、飯食わなくてもやってけるだろ!

「何か今日、運転っていうか操作、荒いっすよね」
 不意に話しかけられた。
「そ、そうか?」
「ミキ、来てから、様子もおかしい」
 見えない角度から、指摘された。どの計器を見てたらいいのかわからなくなった。
「もしかして……」
「ナンだ。なんなんだ」
「もしかして……コーヒーはブラック派なのに砂糖入ってて、怒ってる?」
「いや、全然違う。甘党だ」
 私は、彼の方を見もしなかった。中々の見当外れな指摘。
 気を取り直そう。まずは、お客様最優先。
「あ、そうそう来年ミキと結婚するんすよ」
「ぶっ!!」
 思わず、吹き出した。口に何も含んでいなくてよかった。しかし……
「な、なんだって?」
「付き合って二年なんで、向こうからイロイロ」
「二年!」
「そうなんすよ。ミキから言われて、とりあえず付き合ってたら、これです。もうちょっと遊びたいんすけどね」
「向こうから!」
 語気が強くなる。
「機長はいいっすよね。まだ独身だからイロイロ遊べて。うらやましいっす」
 彼は下を向き、体を小さくした。
 私はというと、独り身で40が目の前になっていた。パイロットと言えばモテるとかよく言われる。実際の所は、家とフライトの連続。出会いも減ってきた。
 この頃、CAさん特に浜本さんにはときめくものがあった。仕事に張りが出て楽しい日々だった。
 しかし
 結婚。それもコイツ。
 動揺と怒りが心を支配し始めた、その時だった。

「すいません」
 ノック音の後、恐る恐る、入って来たのは浜本さん。
「ミキ、どうした? そういや機長に結婚の……ミキ!」
 異変に気付き私も振り向くと、涙目の浜本さんが両手を上げている。そして後ろにはもう一人。
「下手に動くなよ。この女は人質だ」
 黒ずくめの男が、浜本さんの背中に何やら突き付けている。
「それと、結婚とか言ってたな? コイツとお前が結婚するのか? へへ良いこと聞いたぜ。コイツがどうなってもいいのか! 言う事聞くんだな」
 ハイジャックだ。客席側に共犯者がいるだろう。
「まず、この飛行機は俺達が制圧したと客席に伝えろ。そして、それから管制塔と話をさせろ」
 我々はどうしたらいいのかうごけないでいると
「妙なマネするんじゃねーぞ。このネーちゃんえらい目にあうぞ」
 私はスイッチを押し、この機がハイジャック犯の支配下である事を機内に告げた。恐らくとっくに、客席はハイジャック犯の支配下だ。
 まさか、自分がこのような放送をするようになるとは。落ち着け。何か手があるはずだ。
「良し、次は管制塔だ。つなげ!」
「ちょっと待て!」
「なんだ? 彼氏? 人質を代わらせてくれか? 命乞いか?」
「違う。俺は今、腹が減ってて力が出ない。それに結婚とか客とかもどーでもいい」
「信じるかよ、そんなこと」
 浜本さんは泣いている。そりゃそおだ。なんてひどいヤツだ。こんな事ならカツカレー食わしてやれば良かった。
「ここにいると、イロイロやらされて面倒だ。客席にも仲間がいるだろ、そいつの所で縛っててくれ。俺はもおいい」
 な、な、ななんてことを。
「わははははは、まあいいだろ」
 犯人は、ドアを開けると大声で仲間を呼び、副機長を連れて行けと命じた。
「ほら、立て!」
「ホイじゃ、お先に、オット」
 副機長は、胸ポケットに入れていた、ボールペンが落ちた。拾おうとすると
「妙なマネするんじゃねーぞ」
「すまん、大事なものでね」
 副機長は、ボールペンを拾いながら
「多分これです。ミキお願いします」
 そう言うと、また胸ポケットにいれ、両手を上げて客席のほうへ向かった。物凄く小さな声で、さらに意味はわからなかった。浜本さんを、託されたのだけは運良く解った。
「ホラ、座れ!」
 浜本さんは、副機長の席に座らされた。
「さあ、そろそろ犯行声明と行きますか」
 犯人は、我々の間に顔を出した。 
「ほら、連絡取れよ」
 スイッチは一つ、それを押せば管制塔に連絡がつく。浜本さんを託された今、彼女を守らなければ、横を見る。怯える浜本さん。そして、ニヤケ顔の犯人。
 違和感を感じた。
 それは手元。銃なのか、刃物なのか、突きつけていたものはタオルがかけられていた。頭の中ではあるものが離れなくなっていた。
 
 ドタドタドタ
「いけーー」
 何やら客席が騒がしい。
「チっ、どうした」
 犯人も気になり、客席へ。
 その瞬間、浜本さんと目があった。お互い頷くと我々も客席へ。
 そこで広がっていた光景は、副機長とお客様が犯人グループの二人を取り押さえていた。
 そして、出てきた主犯をターゲットに入れた。
「クソッ」
 コックピットに戻ろうとした時、私は犯人の手を掴み持っているものを、落とした。かぶせていたタオルとボールペン。
 
 凶器の正体は、これだった。
 近年、ウチの業界のセキュリティはかなり高い。凶器なるようなものをまともに、持ち込めるはずがない。
 私と男性のお客様でハイジャックを捕まえて縛り上げた。これで、向こうに着くまでは安心だ。
 振り返ると、浜本さんは副機長の胸で泣いていた。
「ゴメンゴメン」
 と、彼は言っていた。
 
 大した凶器無いはず、後で聞くと副機長の彼はそう踏んでいたようだ。客席に行くと、捕まるフリをして他の客を煽ったらしい。
「ボールペンだ! 大した事ないぞ!」
 もちろん、あとでこっぴどく怒られた。重い処分もくだりそうだった。
 しかし、二人の勇敢なパイロットの話はネットで拡散され、お咎め無しとなった。
 
 次のフライト前の食事では、 
「今日は、君がカツカレーにしなさい。私が月見うどんにしよう」
「機長、ここの名物がウドンなんです。変わってください!」
 私も彼と代わりたいよ。

 
坊ちゃん文学賞落選

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