運び屋 お題 氷河期

「騙したな」

 十年来の相棒が、運転席から銃口を、向けてきた。

「何が?」

 俺は、素っ頓狂な声を出した。

「俺は聞いてないぞ」

 うそつけよ。

 俺が銃口向けたいくらいだ。

 俺達の今回の任務は運び。とある書類をジュラルミンケースに入れて、隣国へ運ぶというものだった。

 書類は何を書かれているかは知らない。知りたくも無い。しっかり金さえ貰えれば文句は無い。

 相棒が運転し俺が乗っている車は、大きな坂を下って、国境を目指していた。

 樹木も生えない、殺風景な荒野にポツンポツンとあるコンビニ。

「無いってよ」

 相棒が買いに行ってくれるが、俺のリクエストは空振りだった。

 いつしか、眠ってしまい

「エイジ、アイス」 

 相棒の声がまどろみから引き上げてくれた。

「アイス、エイジ」 

 俺の名前はエイジ。漢字は勘弁してくれ。わかってると思うが、汚い仕事を高いプライドと冷めたハートでやっている。

 リクエストのアイスは、三軒目のコンビニでようやくあったようだ。

「アイスなんて、キョービ売って無いって」

 半笑いで、肉まんを頬張る顔は憎めない。相棒はすこし足りないくらいがチョーどいいとは、俺ら業界のことわざだ。

「そろそろ、国境。寝てる場合じゃ無いって」

 そだなと、アイスのパッケージにあるクイズを解きながら適当に返事をした。

「次の動物の名前を当てなさい。選択肢が、チーター、ジャガー、ヒョウ」

 俺はドライブの余興にと、クイズを、読み上げた。

「何? クイズ?」

「そぉ、アイスの裏にあるやつ。ホラ、ジャングルのネコ科の動物問題」

「あったなぁ、もう最後の奴もいないんだっけ」

「あれは、ライオン。こいつらはとっくにだよ」

「そっかぁ? で、答えは?」

「確か、チーターは陸、ジャガーは川、ヒョウが木って覚え方があったな。泳げるとか登れるとかだったか」

「ほぇー」

 相棒は背もたれによりかかり、驚きを見せた。

「エイジって頭良かったんだ」

「バカヤロー、今も良いんだよ。ちょ、そこ止めてくれ、ションベンだ」

「へーい」

 まだ、国境フェンスが見えない所だったがトイレ休憩をした。

 国境には、出国と入国で二つ審査がある。パスポートやら書類を見せなきゃならない。

 出国は問題無かった。

 ジュラルミンケースも、赤外線を通したが開けられはしなかった。

 引っかかったのは入国。

「ケースを開けろ」

 もちろん、隣国とはいえ言葉は違うが、ここは自動で翻訳させてくれ。もちろん俺と相棒はこういう仕事をしてるためベラベラた。

「何で? 俺何回かここ通ったけど、荷物開けろなんて言われた事ないぞ」

 相棒が突っかかった。

 俺はというと助手席側に来た警備員に愛想笑いをしておいた。サングラスなので、こちらを見てるかわからなかったし、口元も、緩まなかった。

「騙したな」

 十年来の相棒が、運転席から銃口を、向けてきた。

「何が?」

 俺は素っ頓狂な声を出した。

「俺は聞いてないぞ」

 うそつけよ。

 俺が銃口向けたいくらいだ。

 銃の規制は随分前に緩くなった。だから、俺も所持しているし、警備員も驚かない。

「ヤメロ、こんな所で発砲されちゃどんだけ書類書かなきゃならないんだ」

 ケースを開けろと言ってた警備員は、相棒の後頭部にライフルを突き付けて言った。

 もちろん、助手席側のグラサンもライフルを構えていた。

 俺達は車から降ろされた。

「絶対に許さないぞ。何なんだあれは?」

 相棒は怒鳴り散らし

「ケースは開けるな」

 俺は静かに、警備員に告げた。

 ボコッ

 俺は腹を蹴り上げられた。

 倒れて横を見ると相棒は、ライフルで殴られていた。

 ケースは持って行かれ、危険が無いかチェックののち開けるよう指示されていた。

 全員がケースの行方を見ているスキだった。

 相棒は俺に向かって跳びかかってきた。

 そして、右ストレートを一発。

「ふざけんじゃねーぞ。俺をこんな事にまきこみやがって」

 俺は、左の頬を擦ると血がでているのを確認。

 カァーーっ

「そっちこそ、何も知らないでえらそうな事いってんじゃねー」

 右足の裏で、相棒の腹を蹴り押した。

 吹っ飛ぶ相棒、後ろにいた二人の警備員が巻き込まれて倒れた。

「ヤメロ、ヤメロ」

 数人の警備員が出てきて、もみくちゃになった。

 俺からはほとんど相棒の顔は見えない。

「クソガァー」

 相棒の声だけが響いていた。

「開きました、開きました。大したもの入っていません」

 ジュラルミンケースを開けに行ってた警備員は、アイスの棒と袋を持って帰ってきた。

「アイスの棒と袋。全然悪いものじゃない」

 もみくちゃなった全員が手を止めた。

 俺と相棒は、服の土を祓った。

「な、な、何だよあれ」

 相棒の言葉に俺は

「アイスマニアの人がコレクションしてる、チョー珍しいアイスだ。あれでも高額なんだ」

 俺は、警備員に向き直ると

「返してくれないか? まだ、仕事は終わってない」

 警備員は、ジュラルミンケースに棒と袋を入れると頭を、下げて渡してきた。

 俺は、それを受け取ると

「行っていいかな? 別に法に触れたわけではない」

 警備員達は一歩二歩と下がった。

 頷くと俺は車に乗り込んだ。

 だが、発車しない。相棒が乗り込んでいなかった。

「行かないのか?」

「いいのか? 俺も行っていいのか?」

「当たり前だ、相棒だろ」

 相棒、照れ臭そうにこちらに歩き始めた。今の乱闘で随分小汚くなったもんだ。

 エンジンは軽やかにかかった。窓を開けると

「お疲れさーーん」

 ここは、日本語ね。軽く挨拶して、無事に入国できたわけだ。

 しばらく走って最初のコンビニ。

 ここまで、俺達は何も話してない。何も言葉を出さなかった。入国の建物やフェンスが見えなくなっても。

 それが、俺達の仕事のルール。

 後部座席のジュラルミンケースをとると、中のアイスと袋を持ち、相棒はコンビニのゴミ箱へと捨てに行った。

 俺は、車の下部に付けていた、ジュラルミンケースを外し後部座席へ置いた。

「アイス無いって」

 相棒が戻ってくると、言葉を発した。

「いや、口の中の傷に沁みる」

「まぁな、そろそろこの手もキツくなってきたよな」

 相棒も俺も、もう若くは無い。

「もっとスタイリッシュに運びたいな」

 相棒のつぶやきが心に刺さる。

「それが出来たらこんな仕事してないんだよ」

「そりゃそーだ」

「さっさと、届けて美味いもの食いに行こうぜ」

 俺は相棒を、モロモロのモヤモヤをかき消すように急かした。

「何食べる?」

 相棒が腹を空かした顔で聞いてきた。

「焼肉、チゲ鍋、サムギョプサルもいいな」

「エイジ、全部傷に沁みるぞ」

「マーージカ。痛い思いして、ここまで来て、食えないのか」

「ハハハハハハハハハ」

 俺は天を仰ぎ、相棒の乾いた笑いが響いた。

 相棒も殴って、口を切っておけば良かった。

 俺達が乗っている車は、長い長い上り坂に差し掛かっていた所だった。

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