DONNA
「間違いない」
そう確信したのは高二の六月終わり。
「DONNAがウチのクラスにいる」
親友の三井四郎にだけ告げた。他の奴なら否定されてたと思う。
「凡が言うなら、そうだな」
そういう奴だ。
「凡は耳が異常に良い。パトカーの音だけでナンバーを当てるんだから」
確かに、パトカーは一台一台微妙に音が違う。それが聞き分けられる。
俺の名前は黒井凡平。だから、凡。
DONNAとは、顔を出さないシンガーとして、人気を博している配信者だ。
彼女は毎週火曜夜8時から雑談配信をしていて、俺は毎週聞いている。松戸さんの声はほとんど聞いたことは無かった。普段の話し声は小さく、授業でも積極的に発言するタイプでも無かったからだ。
どうしてわかったか?
掃除の時間、俺と彼女は教室前の廊下を担当している。4月から「これ」か「はい」しか会話はない。
そんなある日の事、彼女は鼻歌を凄く小さな声で唄っていた。聞いたことない歌だった。俺が聞き耳たてているのに気づいて、松戸さんはそれを止めた。
それから半月後、DONNAは新曲を公開した。松戸さんの鼻歌と同じだった。
DONNA=松戸杏菜になった瞬間だ。
その話に三井は大きく頷いていた。
俺達は火曜8時に彼女の家を見張ろうという事になった。
帰り道をついて行き、家を突き止め、火曜8時に再び家付近に行くという計画だ。その時間に電気がついてれば、同一人物の可能性が高い。
冷静になれば、それで何も変わらないがお互い興奮していた。同じクラスにDONNAがいる。大事件だ。
家は、学校から程無く離れた住宅街の一角にある2階建ての家。道路を挟んで公園があったので、そこに時間前に集まる事を三井と約束した。
七時半に行くと、三井は待っていた。お互い頷いた。スマホで、配信サイトを開けると『まもなく配信開始』の文字。
二階に電気のついた部屋は無い。
俺達はちょうどいいベンチに座ると、ここであろう部屋とスマホの画面を比べ見た。
「君達何してるの?」
集中しすぎて周りが見えていなかった。俺達の後ろに人が立っていたのだ。
正直、俺は良くない事をしている意識があった。そのため、振り返る事は出来なかった。
三井は、反射的に振り返り
「アワアワ」
だけ言うと、顔が真っ青になり走り出した。
俺もそれを見て、走り出した。その時も振り返れなかった。
ひとしきり、走っただろうか。振り返ると誰も追いかけては来ていない。
息が切れて、お互い話はしばらくできないだろう。目を合わせて頷くとどちらともなく家路についた。
次の朝、登校した三井は目を腫らしていた。もちろん、俺も腫れていたと思う。
「真っ赤だった」
三井からの挨拶代わりの報告だ。
「あの人、真っ赤なシャツだった」
どうも、昨晩声を掛けてきた人は赤いシャツを着てたらしい。
「ハデだな」
「そうだな」
赤いシャツのオジサンに声をかけられた、それは事実だ。
「名前は言えないが、とある女子生徒の家の周り不審者が目撃されたと、親御さんから連絡がありました。警察も動いているということで、気をつけるように」
朝のホームルームでの先生の話は、教室をざわつかせた。
「お前じゃねーのか?」
「ワタシやばいかもー」
など、軽く盛り上がった。
俺は瞳孔開きっぱなし、ずっと下をむいていた。
少し顔を上げ、左ナナメ前方面にいる松戸さんを見たが、別段変化は無かった。
一時間目が終わった休み時間、三井と話した。
「お父さんだったのかな?」
俺は疑問をぶつけた。
「学校や警察に言うって事はそうじゃね。他に人に会ってないしさ」
「だよな」
「あの、赤いシャツは普通に赤いシャツだったのかな」
「ハッキリみたのかよ」
俺は念をおした。
「いや、怖くて」
まぁ、そうだろうな。
「しかし、DONNAが松戸さんなのがわからなかったよなぁ。昨晩の配信も二回聞いたけど、よくわからなかった」
俺は自分の調査活動を報告した。
「二回も聞いたの?」
「今日も聞こうかと思うよ。新曲なんてめちゃくちゃ聞いてる」
俺は胸を張った。
「凡ってさぁ、DONNAの事好き?」
あまりに真っ直ぐな質問に、視界が揺れた。
「何? 急に」
「松戸さんの事は?」
「はぁ?」
「やっぱり、DONNAが松戸さんだとわかってから、松戸さん見ちゃう?」
「おあ、え?」
「そっかぁ、恋の始まりは好奇心だというもんな」
「だ、だから、なんも」
「好奇心には、好きという字も入ってるもんな」
「何も、お、おれ」
「よし、告白しよう。俺にまかせろ」
「は? 何?」
「すまん、勘違いしてたは。高二の夏。熱くしてやるよ」
三井は肩を叩くと、教室を出ていった。
俺の視界は揺れていた。
話はトントン拍子で進んだ。
三井が今日の帰りに、昨日の公園に松戸さんを呼び出したのだ。
そこで告白しろと、三井が言ってきた。
「告白って」
「気持ちを伝えるだけでもいい、それが大事」
ビビリの癖に他人事だと随分大胆だ。
アドバイスをいくつかもらったが、今から告白するというイベントが心の大半を占めていて、返事は曖昧になった。
三井に連れられるように、授業が終わり公園へと歩いた。
イヤイヤかと言われるとそうでもない。松戸さんにそういう気持ちがあるのかもしれない。
「俺は近くに隠れてる」
公園につくと、昨日のベンチに俺は座り、三井は近くの茂みに身を潜めた。
「ガンバレよ」
ウィンクが妙に鼻についた。
下を向き、自分と向きあった。
確かにDONNAが好きだ。音に敏感な俺は、DONNAの声は癒やされる。松戸さんが同一人物なら、俺は松戸さん好きなのかもしれない。三井から言われて、今日一日松戸さんを見れなかった。
ズシャ、ズシャ。
俺の視界に靴が入ってきた。
顔を上げ
「あの! 俺、松戸さん?」
目の前には、知らないオジサンが立っていた。
「昨日の夜いた子だよね? あそこの茂みにいるの子と二人で」
昨日のオジサンってことは
「お、お父さん! 実は、俺、娘さん」
茂みから三井も出て来た。
「お父さん、俺達」
「いいから」
お父さんさんは、俺達を公園の外へ促した。
「いいから、来なさい」
その手の先には、ワゴンが停まっていた。今考えるとおかしいのだが、そこに松戸さんが待っているかと思ってしまった。
もちろん三井も。
「あ、でも俺は」
そのため遠慮しようとすると
「いいから」
語気が少し強めで、何とは無しに乗ってしまった。
バタン、ドアが閉まると、車内には別のオジサン二人。
状況が飲み込めないまま、二人のオジサンに手足を縛られ、口はガムテープで塞がれた。
「こいつらだ。また来てくれて良かった」
昨晩赤いシャツの今日は白シャツは、悪い笑顔を出した。
ワゴンの一番後ろに放られた俺達は、全体をボンヤリ理解した。
あの人はお父さんじゃない。
昨晩、公園で見られてはいけない事をしていた。
俺達二人はそれを見てたと思われてる(見ていない)。
それは、シャツが赤くなる。
このパズル、完成の絵は綺麗ではなさそうだ。
車が停まり、俺達はどこかの汚い倉庫に入れられた。
「まだ明るい、夜になったら山で始末しよう」
三人はそう打ち合わせしていた。
恐怖におののいた。
三井を見ると、泣いているようだ。
奴らは、夕御飯を買ってきて笑いながら食べていた。
「くそっ、クソ」
ロープは解けないし、口のテープが苦しい。加えて無理に動くと、奴らにバレて拘束は更に
キツくなった。
逃げれない。親は心配してるだろう。三井には巻き込ませて悪い事をした。それから、意識が遠のいて行った。
「ほら、行くぞ」
俺達は起こされた。時間がどれくらい経ったか、起きているのか眠っていているのか、恐怖と緊張でおかしくなっていた。
立たされた俺達は、倉庫のドアを開け、目の前に停めてあるワゴンに載せられた。
山で殺される。
そう、諦めた時だった。
ピカッ
四方から光を浴びた。
眩しすぎて、何が起きたかわからなかった。
「動くな! そのまま、でないと発砲するぞ」
その声は三人と俺達にむけてだった。
ワゴンの周りには、数台のパトカーと警察車両。警官と刑事は十人以上が取り囲んでいた。
三人は、何も言わず手を上げ、俺達は警官に保護された。
「今のは2241、次に出たのは5505」
「当たり、当たり。やっぱり凄いや」
保護された俺達は、病院で簡単に検査。異常が無く、聴取も簡単に終わり帰らされた。
警察署で親を待つ間、俺達はいつものサイレン当てをしていた。
「誰が通報したのかわからないんだって」
三井の言葉に
「誰なんだろう」
告白の話は、何とは無しにしなくなった。
次の火曜8時、俺は雑談配信のページを開いた。
「DONNAちゃん、通報うまくいった?」
「友達助かった?」
「DONNAってバレてない?」
こんなような言葉がコメント欄に並んだ。
当のDONNAは、すました声で世間話をしている。
検索してみると、先週水曜の夕方、DONNAはゲリラ生配信をしたらしい。
慌てた口調で、匿名の110番のやり方を聞いたらしい。理由は、大切な友達が大変だから。
最後は「やってみる」で終わった。アーカイブは無く。ファンが残したものがいくつかあるが、内容が断片的で意味はわかりにくい。
そういえば、あれから松戸さんとの掃除時間に少し会話が増えた。
三戸の言うとおり、高二の夏は暑くなりそうだ。
坊ちゃん文学賞落選したもの
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