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最期のワイン

2022年8月、膝の手術で入院した。
16日の入院期間中、持ち込んだiPadで漫画「コウノドリ」全32巻を読了した。「コウノドリ」は、2015年と2017年に綾野剛主演でドラマにもなったのでご存知の方も多いだろう。

実在する産婦人科医でジャスピアニストでもある人物をモデルとした、綿密な取材をもとに作られた物語は、多くの医療従事者も納得のリアリティらしい。出産は病気ではないが命懸けであるということ、生まれてくること自体が奇跡であるということをこの漫画で改めて学んだ。

そして、生まれてくる時は自分ではコントロールできないけれど、人生を終える時は不慮の事故でもない限り、ある程度はコントロールできるのではないかと思うに至った。現在75パーセントの人が病院で最期を迎えるという。生活習慣を改めることで、健康寿命と自身の寿命をほぼイコールにすることも可能なのではないだろうか。寿命が尽きて、自然にこの世を去るというのが理想だ。ならば、病院で最期を迎えるのだけはやめよう。

そう決めたのは、9年前の父・ミツオの死に関係がある。

2013年の正月、九州からの帰りの東名高速のパーキングエリアで実家の母から父の様子がおかしいとの電話を受けた。自分でお風呂を沸かして入っていた父が、足が上がらなくなり、よく転ぶようになったというので、病院の受診を勧めた。

実家近くの病院を受診したら大学病院を紹介され、そのまま入院になった。診断は中枢神経系原発悪性リンパ腫。俗に言う脳腫瘍だが、年間10万人に0.5人という宝くじみたいな確率の病気だそうだ。治療が行われるも効果なく、9ヶ月後、病院で最期を迎えた。

アルコール依存症で散々家族に面倒をかけてきた男だが、病状が進むにつれ自分で身体も動かせないし、言葉も出せなくなっていった。意識があるうちは若い看護師さんたちに世話をしてもらえて「ミツオさんは大人しくてすごくいい人」という最期を迎えられたのだから上等だ。

彼のケースは不慮の事故以上にレアなケースだろう。しかし、病院に行ってから一度も家に帰ることなくそのまま逝った父は、人生の最後に大好きだった酒も飲めず、最後の食事も病院食どころか点滴となってしまった。
「生きているうちに世界中の美味しいものを一つでも多く食べるぞ!」と高らかに宣言している私としては、自分が彼のような最期を迎えることにはかなり抵抗がある。

最期の食事も美味しいものを食べたいし、ワインも飲みたい。そんな元気があったら、死なないだろうというツッコミは置いといて。

漫画「神の雫」の主人公の父・神咲豊多香氏の最期のように、ベッドサイドのテーブルに飲みかけのワインを置いて、ワインの余韻に浸りながら幸せな気持ちであの世に行きたい。氏の最期のワインはアンリ・ジャイエのリシュブール1959年だったけど、私は何を飲むのだろう。最期に飲むワインをこれから見つけるのも楽しみだ。

ワインを美味しく飲むには、まずは健康でなければならない。病院では、そもそもワインを飲むことはできないし、ワインを飲もうという気にすらならないというのは、すでに入院中に実感済みだ。
だから私は、病院で最期を迎えるのだけはやめようと決めた。

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