2020/12/28

昨日、二十分でどんな物語、文章が書けるのかを試してみた。手書きのノートに書いてあったのをここに書き写す。二十分を二回。二つの物語だ。二十分間手を動かし続けて、思いつくままにかいた。今日はめんどくさかったから、新しい文章を書く気になれなかったから、ノートの文章をそのまま引用する。

初めの二十分

僕は歩く。それだけをしていれば良い。誰にいわれたのか? それは思い出せない。道はずっと地平線の方に続いている。両わきには、向日葵の畑がずっと続いている。空は、ばかみたいに晴れていて、雲ひとつなく青い。どぎつい黄色と青のコントラストに僕はめまいしそうになる。

おじさんがくれた靴を感じる。僕にぴったりのサイズを測って作ってくれた。「これをはけば、どこまでも行けるから」そう言って、今朝僕にその靴をくれたのだ。

「どこまでも行ける」とは、いうけれど、僕はどこに行くのか、よくわかっていない。この向日葵の畑を抜けたら、すぐにへたりこんでしまうかもしれない。でも、それを、おじさんにいうと「だからこそ、どこまでも行ける靴が必要なんだよ。」と言っていた。

おじさんに会う前の僕は、ただどこにでもいるような少年で、自転車で遠くまで行ってみようと思っているだけだった。何もかもが嫌になって、捨てたわけではないけれど、知らない場所に行って、知らない人に会ってみたかった。そこで僕はおじさんに会った。

おじさんは、小さな家に住んでいて、僕が来たときには、ひとりでお茶を飲んでいた。僕をみて、「野良犬みたいなやつだな。」と、一言、言った。それから、家のドアを開けて、中に入れてくれた。おじさんは、シャツにパンツ。それも、汚すために着ているような見てくれだったけれど、家の中のものは、ちゃんとしていた。スリッパをはいて、中に通されると、外国のお茶の匂いがした。別の人の家の匂い。僕は、その時にやっと自分が帰ることができない場所に行ったのだと興奮した。

おじさんは、到って冷静に、戸棚からコップをひとつ出して、僕に一杯お茶をくれた。緑色で、甘く、ほのかににがい味がした。

「どうしてここに来たんだい。」

おじさんは言った。

僕は、その時に何も答えられなかった。

その、「何も答えられない」ということに、何か意味があったらしく、おじさんは、黙って、お茶をすすりはじめた。部屋の窓は、かすかに開いていて、カーテンがゆらめいていた。置かれているものには、それぞれ気品があった。同じような、花と草の飾りで統一されていて、おじさんの、武骨な感じとは、かけはなれた雰囲気だった。

「ただ、遠くに行きたくて」

「靴をつくってやるよ。」

おじさんは、そういって、立ち上がった。

案内されたのは、家の二階で、そこでは、お茶の匂いとは別の匂いが立ちこめていた。革や、木材、金槌などが置かれ、窓が、またそれらを照らす光をとり入れていた。空は晴れて青い。

僕は、歩いている。おじさんがくれた靴で。

「どうしてここに来たんだい。」

おじさんが、僕に問いかけた言葉は、それだけだった。

次の二十分

風が吹く。そこには、空気がある。風で動くのは、空気だけだと思っていたけど、そうじゃない。海の表面の波を見れば、風がどんなふうに吹いて、どこに行くのかをちゃんと知ることができる。

ただゆらめいているだけじゃなくて、そのゆらめきの中に、流れや、どこに行きたいかを、ちゃんと見出すことができる。海の潮の匂い。

塩の白いかたまりを、わたしはいつも持ちあるいている。それをかぐ。スクランブル交差点。人が人の顔を見ずに行き違う。すれ違うのでは、なく、元からパラレルな宇宙に住んでいる。だから、私たちは平行におたがいに、干渉しあわずに、波の模様のようにそれぞれ、通りすぎていく。

風よ吹け。わたしは思う。車の廃気ガス、うつろな目線、香水の匂い。店の裏から流れ出る、あぶらの匂い。地下水道からたちこめる硫黄の匂い。どれも鮮明に思い出せる。わたしたちが、そこでひしめき合う証明。より集まっても、重なり合わないでいる証拠。その匂いを、打ち消すように、麻の小さなふくろから、わたしは、白くにごった四角い結晶を手に取る。

信号が赤になる。取り残された人は、走って対岸に行く。立ち止まったわたしは、空を見る。ディスプレイのように雲は、移り変わって、太陽の光が、ひとつぶひとつぶ落ちてくるみたいに、デジタルだった。

車が走る。代わりに、人は休む。ひっそりと。車はどこかへ行く。小さな部屋で、人はハンドルを握り、他の人には聞こえない音楽をきく。はるかなスピードで。そこでは流れている時間も、空間も違う。

止まった時を代表するようにビルには、大きな看板の顔が笑顔のまま、虚空をみつめている。

どれだけ、耳の穴にイヤホンでせき止めても、心臓の音と、息をする肩と、眼のまばたきだけは、制御できない。ここに来るまでのあいだ、となりに座っている人の気配を、ずっと感じながら、わたしは呼吸していた。

風よ吹け。人々が歩き出す。波、波、波の粒子がぶつからず重ならず、見つめあわず、ゆっくりと、行き違う。それを上からながめる人々。それを、写真におさめる人。興味なさそうに流されて行く人。わたしは歩く。歩くまっすぐに目を閉じて、ぶつからぬよう、ゆっくりと。

潮の匂い。わたしは思い出して目をあける。

大きなディスプレイには海。人が笑っている。水着を着て、海に飛び込む。夏の空と、白い砂浜に飛び込む。わたしは立ち止まる。肩が当たる。わたしは、よろめく。また肩があたる。わたしはよろめく。

それでも、アスファルトの上を歩く。足音のさざなみにもまれながら。その上にもうひとつ、自分の足音をつけ足す。そのうちに、どれが、自分のものだがわからなくなってくる。

そして、わずかな段差を感じ、わたしはふりかえる。渡り切った。スクランブル交差点。

とり残された人は、対岸に走る。黒く固く凪ぐ海。


最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!