見出し画像

Day:6 『『世界を変えたい奴募集』』(小説)

舞は、おもむろに棚に並んだ「猫だるま」を手に取る。猫だるまは、黒い目をこちらに向けて、ただ見てくる。光乃はこれをいちいち自分の手で作っているわけではない。自分でデザインはしただろうが、これだけたくさん並んでいるのだから業者にでも頼んだのだろう。陶器でできた置物もあるし、手毬のように布を貼り合わせて作ったバージョンもある。

チリン、と入り口のドアの鈴が鳴る。着物姿の光乃がいた。髪を上にまとめているのでいつもと印象が違う。

「ああ、光乃さん。おかえり。」

「ただいま。」

外の空は暗い。夕食も食べずに、何となくこんな時間まで過ごしてしまった。レジ番をしていた、ボクとハルは「お腹がすいた」とも言わずに黙ってゲームをし続けていた。

「なんや、腹空かへん?」

「あ、うん。お腹すいた〜。今日も違反車いっぱい捕まえたし。」

光乃はそういうとレジの奥に歩いていって、店番を任せていた二人を労う。彼らはゲーム機から顔を上げて、帰ってきた店主に無事を報告する。コミュニケーションが自然に行われている。そう思えるようにいつしかなっていた。

てんでバラバラな性格の彼らと出会った時の戸惑い。それが舞が感じた第一印象だった。

三猿に用がある者は、まず小物屋に入って、それから事務所に案内される。巧妙な仕組みだった。誰でも、光乃の顔を見るとまずは安心する。三猿という奇妙な存在と社会。両者の橋渡しとして、この一階の小物屋の存在は大きい。

舞が2階に上がると、石田はソファーに寝そべったまま動いていなかった。いや、動いていたかもしれないが、舞には動いていないように見えた。

「おい、石田。ご飯食べに行くで。」

「ぬぁああ?」

目を覚ました石田は起き上がって、サングラスの奥に指を入れて目を擦る。そのまま立ち上がって、「行くぞ」と舞を押しのけてドアを開けて出ていった。舞は呆れて、彼がよろよろと階段を降りていく様子を見守る。

『お前は結局、何がしたいんだよ。』

自己啓発本に書いてあるような問いかけ。今日も、彼は依頼人に問いかけた。不思議なことに、誰もその問いかけにはっきりと答えることができなかった。

その答えが、はっきりと依頼人の口から出るまでは、まだ三猿の出番ではない。だから、彼はいまだにぼーっとしている。昼食を食べて、夕食の時間まで昼寝する。

「じゃ、いこっか。」

店の前に集合すると、歩いて駅前に向かう。どこに行くのか話し合わずとも、歩調は合う。ハルはPパッドを引きずるように歩く。その隣からボクが独り言を言うように、彼女に話しかける。小柄な少年と、背の高い少女はきょうだいのようにも見える。

石田はダラダラと、まだ眠そうにむくんだ顔で舞と光乃の後ろを歩いている。

特に話すことはないが、舞は沈黙を埋めるように話す。

「そういや、店にあんたのファンがまた来てたで。」

「えっ、そう? 会えなくて残念。」

「店入る前に、ドア越しにこっちをキョロキョロ見るねん。あんた探してるんやろな。いつ出てくるかな〜て感じで店の前をうろうろしてんねん。サラリーマンが小物屋の前をうろついてたら変やろ。声かけようか迷うたんねん。」

「で、舞ちゃんはどうしたの?」

「え、アタシ? アタシはどうもせんで。ただ店の物を整理してドア越しからやつを見たんねん。そしたら、入ってきてな。なんて言うたと思う? 手に猫だるま持っててな、尻尾が折れたから修理して欲しい、葵さんおるかって」

舞はそこまで言って自分で笑う。

「何が面白えんだよ。」

後ろから石田が突っ込んでくる。

「舞ちゃんの関西弁が変で面白いの。」

光乃が振り返って答える。

「お前は逆にどこでウケとんねん!」

舞が突っ込むと、光乃はそれも面白いのか大声で笑う。

夜の駅前商店街は、居酒屋や飲食店の明かりが灯って賑やかだ。人を呼ぶ声と、通り過ぎる人。季節は暑くもなく、涼しくもない。銭湯の看板を見ると、光乃が指差して、「食べたらお風呂行こう」と舞を誘う。「ええで」と舞は答える。帰ったら漫才の研究をしなきゃな、と思っていたのが一瞬で吹っ飛ぶ。

「それにしても、今、みんなでご飯食べにいくシーンを描くとちょっと違和感あるよね。」

「言うと思たわ。」

「一応、三猿ベイベーは現代の日本が舞台だと思うけど、そこら辺はよくわからないのよね。」

光乃は本気になって顎に手を当てる。

「もしかしたら、これからコロちゃんが流行り始めるのかも? てことはわたしたち世界を救えるんじゃない?」

「いや、そんな社会派じゃねえよ。この小説は。」

石田が後ろからまた突っ込む。商店街の喧騒に負けかけていてイマイチ迫力がない。


「はい、いらっしゃいー。」

料亭『龍』は、空いていた。現代社会の様相を記述しているわけではなく、普通に空いていた。

席を案内されるまでもなく、カウンターに横並びで座る。ハルはPパッドを立てかけなければいけないので、一番端。それから、ボク。石田。光乃。舞。と言う順番。それでカウンターは残り二席になる。

「ラーメン。」

と石田がメニューを開かずに言うと、店長が返事をして厨房に下がる。その間に光乃がメニューを開く。

「ラーメン一丁。」

1分かからないうちに、石田の目の前にラーメンが置かれる。石田が食べ始めると同時に、ハルが『いつもの。』とPパッドに表示。ボクが「天津飯。」、光乃が、「じゃあ〜、私もラーメン!」。石田が、「ビール」。舞が、「お前なぁ……って突っ込んだら何注文しようか忘れたやんけ!」と言うと、厨房に笑いが起きる。

それで舞は、芸人見習いとしてのアイデンティティを思い出すと、「チャーハン一つ頼むで。それとビール。」と言う。石田が、「お前も飲んでんじゃねえか。」と言うと、店長も笑いながら厨房に引っ込む。

駅前商店街の中華料理店、料亭『龍』が空いているのは、彼らが常連だからである。他の客が辟易するほど、彼らは騒ぎ散らし、飲み、飛沫を飛び散らす。

店長は大きな体で、その様子を見守る。初めは彼らの騒ぎように、への字に眉毛を落としていた。が、落ちるところまで眉毛を落とし、円形脱毛症を克服すると、ある時から開き直ったように微笑みを浮かべるようになった。

今では彼らが店の前に来たのを確認すると、「三猿が来たぞ!」と従業員に号令をかけ、彼らに負けない声でガハハと笑う。優しい中華屋のおじさんである。

そして彼らを送り出すと、なぜか色々と切ない気分になって、店のシャッターを下ろす。

「またくるね〜。」と光乃が手を振る。店長は「ありがとさん。」と複雑な気持ちで手を振り返す。

彼らの夕食の様子である。

そこから、舞と光乃は銭湯の前で三猿と別れると、また別の時間が始まる。事務所の帰っていく石田達の後ろ姿を見ると、舞はまたウキウキした気分になってくる。

「はあぁ、お腹いっぱいやぁ」

と光乃が舞のエセ関西弁を真似して言う。

「アタシもそうやぁああああ!」

と舞は突っ込みを忘れて叫ぶ。光乃と肩を組むとお香の匂いと酒の匂いが混じって鼻腔に入ってくる。

「どけい!将軍様が通るで!」「ちょっと、舞ちゃん。将軍だったのは昔の話!」

銭湯には「酒気帯びの方、お断り」と書いてあるのにそのまま二人はのれんを突き破って突入する。受付のおばさんもその勢いに圧倒されて二人の侵入を許す。

気がついたら、湯船の中にいた。

ため息をついて、ゆっくりと湯の中に体を任せる。

「アタシ、死んでもええ。」

「え、舞ちゃん。死んだらあかんよ。生きてよ!」

光乃はなぜか、深刻になって泣き出す。

「おうおう、泣くな泣くな。光乃さんはかわええのう。冗談や。」

「冗談じゃないよ。まだタイトル回収してないじゃない。」

「あ、そうや。」

「最近の、三猿ベイベーのタイトル酷いよ。全然関係ないこと書かれているし。」

「そやな。なんか、タイトルなんてどうでもええ気がしてな。」

「どうでも良くない!」

光乃は湯の水面をパシャリと叩く。光乃は酔うとどうでもいいところで感情が激しくなる。

「ははっ、じゃあ、回想してやんで。このままだと自己啓発かなんかと間違われそうやからな……。」

「ここまで読んだ人はさすがに、これを自己啓発とは思わないと思うよ。っていうか、本当に間違える人いそうだから、タイトルに小説って書き足しとくね!もう!」

「ありがとさん。じゃあ、いくで。」

舞は目を閉じる。







『『世界を変えたい奴募集。』』





東京のどこかに、そう書かれたチラシが貼ってある。電柱に貼ってあるのかもしれないし、自動販売機の側面に貼ってあるのかもしれない。それとも、剥がれて、地面に落ちているかもしれない。

風に飛ばされて、裏返って下を向いているかもしれない。だから、街を歩いてチラシが落ちていたら、ひっくり返してみるといい。

そこに書かれている言葉を、大袈裟に受け取るか、面白半分に受け取るか。「世界を変えたい奴募集。」そういった言葉に対する感性が失われたほとんどの人間は、怒りも期待もしない。

むしろ、このチラシの広告主はそうした人間を求めていない。そして、本気で世界を変えたいと思っている人を求めているわけではない。

しかし、その両者の間に、言葉の意味を掴めないまま、そのチラシの示す住所に行ってしまうアホが一人ぐらいいるかもしれない。

「ん。なんやこれ。こんなアホなチラシ誰が書いたんや……」

東京のどこかで、彼女はそのチラシを見つけた。持っていたスマホに、書かれていた住所を入力する。それから、チラシを電柱から引き剥がすと、彼女は歩き始めた。

「いっぺん、ツッコんだろ。」

津込舞が、その「アホ」の一人だった。

最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!