Mental Sketch Amplified

バスルームの隅にかたまったまま動かない虫がいた。水滴がときおり触覚にあたり、流れ落ちることで、まだ生きているように感じられた。

彼について。虫の殻、荷運びの背中、海辺の子供たちの影。それらが彼だった。彼はいつも記憶だった。彼はそこにいるし、そうあることで僕自身もまた過去なのだと分かった。

日が沈むと、彼は僕の部屋にくる。テーブルの上に硝子細工のようなものをそっと置いた。それは光を透してくるくると形を変える。そして彼は水差しからコップに水を注ぐ。ゆっくり水を飲む。犬の遠吠え。

彼について。僕が硝子細工を机に置くのを彼は見ている。影ごと、立ち昇るように彼の色は薄れていく。硝子細工はそれらを吸いとる。光と匂い。

僕について。母親がいる。母親がいない。僕はよれたTシャツを着た子供だった。世界観が乾いていくごとに知ることがなくなって、なくなったところに彼を置いた。順序と統合の先にある。

語ることで語られないものは空白ではなくなる。語りとそうでないものが互いに互いを写しあって僕の中で増えていく。階段を降りた先の路地の店で。電灯に照らされた肉の焼ける匂いに。

彼について。裏路地の小さな店で串焼き肉を持つ痩せた子供が彼だった。彼はいつも逆さまに歩いている。大きなものを語るときの小さなもののように顧みられることのなく。てらてらと黄色く光る街の躁鬱に蒸れた。

虫がゆっくり動き始める。

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