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色の魔法に包まれるマフラー ーニッポンのヒャッカ第2回ー

 半世紀前に先代が購入したラッセル編機がまだ現役でしっかりと仕事をこなす。ここは織物の町としての歴史を誇る群馬県桐生市。家屋の敷地内で始まった小さなニット工場は、ニューヨークや英国ロンドンの美術館がオーダーするほど、今や世界を席巻している「メイド・イン・ジャパン」の秀作マフラーを製造するメーカーだ。スペインのプラド美術館においては日本とスペインの国交樹立150周年に、同館所蔵の名画で専属宮廷画家であったベラスケスの作品「バルタサール・カルロス王子騎馬像」をイメージした記念マフラーを企画提案したところ、快諾され、許可を得て製作販売したほどの実績を誇る。

p1-松井智司社長(左)と敏夫専務(右)

 「KNITTING INN」は、もともとOEM(発注先のブランドでの生産)メーカーだった松井ニット技研のオリジナル・ブランドだ。松井智司社長(兄)と松井敏夫専務(弟)が阿吽の呼吸で舵を取りながら、マフラーやショール、帽子や手袋などのニット商品を手がける。
「30年ほど前に、これからはジャパン・クリエイションだと時代の流れを感じ、積極的に展示会に参加し、自分たちの商品づくりに取り組んでまいりました」と智司社長。
 それまでは各ブランドやメーカーからのリクエストに応じる仕事から、自分たちらしい工夫や発想が必要になった。
「厳しい時代の中でも可能性を模索し、常にアイディアソースを求め続けることが生き様のようになっています。ものごとを発信するためには、相応の受信力が必要だと思います。ですから、私は“発信力は受信力”という言葉を大切にしています。でも、ほんの言葉遊びなのですが」。
 智司社長から発せられる言葉はどこまでも柔らかく洗練されている。まるで「KNITTING INN」のマフラーのように。


感性と妥協なきこだわり

p3-配色を検討するための色見本

 松井ニット技研の製品の特長は、なんといっても色の魔術師と呼ばれたイタリアのブランド・ミッソーニに勝るとも劣らないハイセンスさ。和服にも似合う日本の四季を彩る伝統の色合いも編み込まれた絶妙な色調だ。どうしてこんなに美しい色が生み出せるのか、その質問の答えは簡単ではない。流行カラーをきちんと把握し、色のプロも交えながら、色見本帳から色選び。厳選した案の中から、新作を生み出すことは、誰にも真似できない仕事をしているという松井ニット技研ならではの真髄だ。


愛着あるラッセル編機。せめぎ合いの妙

p2-ラッセル編機でマフラーを紡ぎ出す

 松井ニット技研で使用しているラッセル編機はなんと40~50年前から稼働している現役の機械。時代とともに編機も高速化し生産効率はあがったが、新型機で編まれた他社の製品の編み上りは固く、質感が劣ったと社長は感じたという。また、最新型と違い、シンプルな旧型機は逆にカスタマイズしやすいという利点もあった。素材に負荷がかからないよう、ロースピード、ローテンションでやさしく編み上げることで、ふんわりとした弾力性と伸縮性が生まれ、首まわりを心地よく包んでくれるマフラーに仕上がる。
「糸はとてもわがままです(笑)。季節や天候に影響されやすいので、ご機嫌をとりながら編むのです」と智司社長。モノヅクリは、素材に振り回されることが原点だと知るからこそ、素材へのこだわりも強い。
「こういうものを作ってみようと思った時、どういう糸がよいのか、どんな太さが一番合うのかを試行錯誤します。そのうえで素材の良さがもっとも大切です。素材が良いからこそ、良いものが作れるのです」。
 社長は安かろう悪かろうというモノヅクリは決してしないと決めている。それどころか、編み方から素材まで、思いつく限り最高レベルを研究し続けてきた。なぜなら「自分自身が生活者であり、消費者だから」だと。作り手はつい、良いものを作ろうとするあまり、高額な品をつくってしまうこともある。

良いものであり、買いやすいもの。

この永遠のせめぎ合いこそ、作り手が胸に刻むべきだと社長。
松井ニット技研のマフラーは、こんなにも過保護に、こんなにも清らかなこだわりの中で育まれているからこそ、人を温めてくれる。

KNITTING INN 松井ニット技研:公式サイト

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