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夏の意識

コロナ禍をきっかけに、私と同居人のふたりは東京の賃貸マンションを引き払い、私の生まれ故郷である某雪国へと移り住んだ。雪国とは言うものの、夏は夏でそれなりに蒸し暑いのである。

そして今住んでいる住居からは、歩いて海水浴場にも行けるのだった。
小さい頃、父の運転する車で連れてきてもらっていた海水浴場だ。
従兄弟たちと一緒に行くときもあった。

親戚こぞって海水浴場へ行ったとき、誰かが小さい私に、チップスターのり塩味(ハーフサイズ)をくれたことがあった。
その時初めて食べたチップスターは衝撃だった。
パリッとして、のりの味がする!すごい!なんておいしい!
私は数枚食べたあと、大事に緑色の筒の中にしまった。

子供あるあるだが、海で遊んでいる間に紛失してしまった。
誰もが、えー?知らないよ?と言う。
海の家に置き忘れたのかもねとの言葉を頼りに、私はひとりで海の家まで遡るように歩いた。砂地は歩きにくいし、どこでも大人は寝転んでいる。
潮の匂いと、化粧品みたいな匂いが混ざってむせかえるようだった。
大きな音で音楽も鳴っている。
「…走るよ、めッ!」のところだけ、知ってる。
それだけをひたすら繰り返しているような気がした。

あぁ、これが、夏だ。
小さい私は、初めて夏を強く意識した。
赤い金魚のひれみたいな水着の裾と、光る砂粒。

結局チップスターは見つからなかったが、今でも海というと時々思い出す。たくさんの人が周囲に存在していた夏の瞬間だった。

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