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02 丸顔の文太と流星群の日

 流しの鏡に映った私の丸い顔は、ほぼ真円だった。ただ1つの点で定義されているかのような、円形の輪郭。

 12月。大規模流星群が観測された。
 アマーゾンの天体望遠鏡は飛ぶように売れ、小高い丘はリア充のカップルであふれた。それに向かって機関銃を打ちたくなるような嫉妬から、私は無縁で居られた。なぜなら、彗星がこの星に衝突する確率のさらに1000万分の1程度の確率で、私は良き伴侶をすでに得た後だったからだ。

「ポケットの中にはビスケットがひとつ」

 お菓子好きのカナタが、傍らで歌っていた。マンションのベランダの、夜10時の静けさの中で、その声は結構響いた。私の目に映った息子の丸い顔は、真円ではなく楕円だった。2つの点で定義されているかのような、楕円形の輪郭。

 こんな遅くに小さな息子が起きて歌っている。その理由は空からやってきた。夜空を斜めに切り裂くように降る、すこし赤みがかった幾筋ものソレは、ビスケットではなく、ビスケットを粉々に砕いて赤く染めた、粉のように見えた。アマーゾンの天体望遠鏡は売り切れで、肉眼と、100均のオペラグラスではそう見えた。

「ポケットを叩くとビスケットがふたつ」

 幸い天候にも恵まれ、私たちは観測することができた。ビスケットではなく、流星群をだ。すごいなと、心の中で感嘆の声を上げた。ビスケットではなく、流星群に対して。

「そんな不思議な『ビスケット』が欲しい」

 息子のその歌に、私はさすがにツッコミを入れざるを得なかった。
「ポケットが供する機能じゃないのか、増殖は」
「ビスケットだよ? ふえるのは」
「ふふっ」
 小さな笑い声は、隣のベランダから聞こえた。マンションのお隣さんの、佐々木さんだ。
「あっ、こんばんは」
「文太(ブンタ)さんも天体観測ですか。叶多(カナタ)くん面白いですね」
「はは、恐縮です」

 夜の10時。どうしてそんな早い時間に私が自宅に居て恐縮しているかと言うと、妻からのLIMEがスマホに飛んできたからだ。
「仕事と流星群、どっちが大事なの?」
 LIME越しの、ハルカのその言葉に、「仕事」と返すことなど出来なかった。社会における私は、それを望まれているというのに。妻のハルカは今、「美容とお肌」という時間軸的不可逆的な敵と戦うべく、戦地に赴いている。すなわちお布団に。

 流星群の、斜めに降る赤みがかった光。そのそれぞれが、私が職場で抱えるタスクであるかのように見えた。

(山と積まれたあの書類も、あの書類も。あの流星のように空中で赤く燃え尽きればよい)

 脳内で3回唱えた。
 偏光無しオペラグラス越しに見えるアレが流れ星だったなら。
 私の願いは、きっと叶えられたはずなのだ。


――――

次回:斬新な「いないいないばあ」

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