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1-05. 絶対に押すなよ?

 土曜の朝。右隣のお布団ではキヨくんが寝ていた。私は布団を抜け出して、隣の洋室に移動した。

(昨夜の寿命シャンプーの件、どうしたらいいんだろう?)

 私の勘は「ダメ、ぜったい」と、麻薬の標語のような警告を発していたけど、それを伝えても、キヨくんは反論してくると思う。言い合いするのも疲れるぐらいに、アレコレと変な理屈を言ってくるのが、いつものパターンだから。

 紅茶の入ったマグカップを片手に、洋室をうろうろと歩いて行ったり来たりしていたら、視界の端にあの人形が映った。「スイッチくん」だった。

 スイッチくんは、咲良(さくら)と愛からだいぶ前にもらった。猫耳モフモフの、ブサかわいい、白の丸っこい体型の人形だった。左右のフックに、赤と青のコントローラーを一つずつぶら下げていた。

「もし旦那さんとうまくいかないことがあったら、頭のボタンを押しな」と言った咲良の家庭は円満で、みつくくんという息子も生まれていた。「私もそろそろ、一緒に押す相手が欲しい」と愛は愚痴っていた。

 咲良によると、押しボタンはキヨくんと二人で押すらしい。「押すとさ、もう、ヤバさがヤバいぐらいヤバいから!」と語彙を死滅させながら、咲良はスイッチくんの凄さを語ってくれた。

 もらってきた時、頭のスイッチはガムテープで封印されていた。「押すなよ! ぜったいに押すなよ!」と書かれていた。その禁止に逆らって、押したくなる瞬間がこれまで何度もあった。例えば、キヨくんがヘリウムスリー採掘の権利に、給料二ヶ月分ぐらいの額を払おうとしたときとか。

 そういうとき以外にも、ふと、キヨくんに対してイラッとしたときに、私の手はその押しボタンスイッチに伸びていた。でもスイッチくんは、一度起動させると、二週間くらいでもう、起動しなくなるんだそうだ。

(セミ二匹分かぁ……)
 使ってしまうのはもったいないけど、このままキヨくんを放置するわけにもいかないと感じていた。私がゆっくり、スイッチくんの猫耳の間に貼られたガムテープを剥がしたら、赤くて丸いボタンスイッチが出てきた。

 ◆

 オープンワールドのTVゲームばかりが、サクサクと進む。
 キヨくんはいつも通りの寝坊中で、全く起きてくる気配がない。もう、早く決着つけたいのに。中途半端に起こしても、どうせ「朝は脳が回転しない」とか言い出して話が進まないだろうから、待つしかない。

 ゲームコントローラーを操作する手に力が入ってしまう。操作ミスも増えて、自キャラが何回かやられた。ああもう! 今押すべきは、スイッチくんの右手じゃなくて、頭の赤丸ボタンスイッチだっていうのに。

 スイッチくんの頭のソレを何回か押してみた。やっぱり一人で押しても何も起こらない。

「おはよう」
 そして、このタイミング。
 ちょうど次のミッションをクリアしそうってときに、キヨくんが起きてきた。しょうがないので、ミッションを強制終了させた。ふうっとため息

(たくさん、レアアイテムゲットしてたのにな。残念……)

 ゲームとTVの電源を消して、私の旦那さんに向き直る。
「キヨくん、あのさ。このスイッチなんだけど。押すときが来たと、私思うんだ」
 スイッチくんをつかんで、キヨくんの正面にドンと置いた。しばらくきょとんとしていたキヨくんは、
「ガムテープ、剥がしたんだね」

「剥がさなきゃ押せないでしょう?」
 咲良から聞いた、スイッチくんの操作方法をキヨくんに説明すると、案の定、途中でちゃちゃが入りそうになった。「それは地球外技」ぐらいのところで、「今は私の話をしてるの!」と話の腰を折り、スイッチくんをドンと置き直した。

「わ、わかったよ」
 私に怒られたと思って若干挙動不審になったキヨくんが、私の目の動きを悟って、スイッチくんの頭の赤丸ボタンにゆっくりと指を伸ばしてくる。私もボタンにさっと指を出す。

「じゃあ、押すね? キヨくん、いい?」
「う、うん」
「「せーの!」」

 ポチリ。

 ブイイインと、まるでサイクロン掃除機のような音がして、スイッチくんの猫耳が、パタパタと羽ばたくように振動した。
 シュポ! という音と共に、急に魂が宿ったかのように、その目力がアップした。

 そしてスイッチくんは、首をゆっくり左右に振った後、その左手を挙げて言った。……ダミ声だった。

『やあ。呼んだのは、君達かい?』

 キヨくんと私とは、驚きの表現まで違っていた。

<続く>

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