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2-05. 寿命を伸ばすシャンプー

 あっという間に金曜日が来た。業務を午前中で終わらせ、僕は山手線に乗った。

 向かったのは、東池袋のはずれにある公民館の一室。腐女子の集まる、いわゆる『乙女ロード』の付近だ。ここで、夜中のネットサーフィンで見つけた例の「人生ゲーム」が行われる。

 6畳くらいの明るい一室で僕を出迎えたのは、ブルースーツとベストで身なりを決めた男性だった。髪が整髪料でしっかり整えられていた。「青木」と名乗った彼は、偶然、青いスーツに青木なので、(紳士服店か?)と思った。青木さんの他にも、ワンピース姿の無愛想な女性と、髪の短い若いお兄ちゃんが居た。

 挨拶もそこそこに始まった『人生ゲーム』は、要はすごろくのようなものだた。サイコロを振って自キャラが進む。ただ……止まったマスでいろいろ起こるイベントが、やたら具体的だったんだ。

「友人の勧めで株を買う。サイコロの目が1~2なら、友人は金持ちで、有望バイオ関係の株。3~4なら人工知能関係の株。5~6なら詐欺」

「バイオ株が大当たり。株価が10倍に」

「子供ができる。養育費のため月額の支出が5万円増」

「ハビタブル惑星の土地を買う。1~2なら市街予定地で2階建てまで可。3~4なら市街予定地で30階建てマンションまで可。5なら市街地の裏のクズ地。6なら詐欺」

(詐欺、っていう選択肢が多いなぁ)
 と思いつつ、ゲームを何回かやっていた。

 青木さんは「あるある! こういうこと」と大声で笑っていた。若いお兄ちゃんは謎のお追従(ついしょう)。ワンピース姿の女性は、あまり喋らずムスッとしていた。

 ゲーム途中の雑談で、僕の職業を聞かれたので答えたら、青木さんは「難しい仕事なさっておられるんですね」と苦笑して、若いお兄ちゃんも同様だった。ワンピース姿の女性だけが豹変して、「すごいじゃないですか! どうしてこんな所に来たんですか!」とやたら話しかけてくるようになり、ちょっと面食らった。

 2時間位でゲームも終わった。2回やって2回とも、僕はクリアすることができた。資産が支出を上回り、あくまでゲームの上でのことだが、自由を得た。

 感想を聞かれたので、「現実世界もこうだったらいいですね」と回答したら、青木さんの顔がぱっと華やいだ。

「そうですかそうですか! このゲームを現実にする方法を研究するセミナーが、ちょうどこの後あるんですよ! 運が良いですねぇ。一緒に参加します? もしご興味おありのようでしたら、口添えしますが」

 ……僕は嫁のあーさんにメールで「ごめん、用事があって、今日は帰宅が遅れるね」と送った。

 あーさんからの返事は、「なんだよう。じゃ、夜は家飲みで。おいしいツマミ買ってきて」だった。

 ◆

 夜のセミナー会場は広く、長机がずらりと並んでいた。
 空席率40%くらいだろうか。周りは総じて若い子が多くて、みんな良さげなスーツでビシッと決めていた。

 僕は気後れしつつ席につく。後ろの方に座ろうとしたら、「前に座った方が、話の吸収効率が良いんですよ?」と、青木さんにやたら強く勧められ、前の方に座った。塾講のバイトをしてた時に、そんな統計データ無かったけどなぁ。

 僕の席の後ろでは、青木さんと若いお兄ちゃんとが着席し、談笑していた。ワンピース姿の女性は、「気をつけてね?」と謎の言葉を僕に残して、先にお帰りになっていた。

 演者が現れると、周りから、ものすごい拍手。肘を前に出して大きく手を叩く感じの、動きが大きい感じの拍手だった。

「こんばんは、鷺押(さぎお)です」
 と自己紹介をした登壇者さんは、もの凄い額の売上を叩き出している、期待のホープなんだそうだ。

 鷺押さんのスピーチは手馴れていた。にこにこしながらの挨拶に、軽い一発ギャグのツカミ。そして彼は、背後のホワイトスクリーンに、統計のグラフを表示した。業績が右肩上がりであることが、センセーショナルに告げられた。

「見てください。うちの、今年の2月までの売上を示したグラフです。去年一回凹んでますが、そこからドン、と上向いているでしょ? おい後ろ、見えてるかー? 見えない奴は、目の大きさ倍にするといいよ!」
 会場から笑いと、まばらな拍手とがあった。このご時世に右肩上がりっていうのは、確かに凄いなぁ。

 そして、その「右肩上がり」を支える要因と思しき製品がお目見えした。

「これ。シャンプーです」

 鷺押(さぎお)さんは演台の裏から、やたら凝った意匠の白いシャンプーボトルを取り出して、演台の上にどん、と置いた。それを右手で掴み、高く掲げる。

 会場から歓声が上がった。間髪入れず、鷺押さんは話を続けた。

「このシャンプー、使うとほら。私みたいな野郎でもこんなに、髪がツヤツヤになって、配合した成分が、枝毛を補修してくれるわけです。……って、これが売れているわけではないんだな!」 
 数瞬の沈黙の後、ははっと、会場から小さな笑いが漏れた。

「あれ? ウケなかったな。こんな、ふっつーのシャンプー使ってたってダメですよ!」
 鷺押(さぎお)さんは、マイクがハウリングを起こす程の大声でそう言いながら、白いシャンプーボトルを床に叩きつけた。会場はそのパフォーマンスに、あははは! と大爆笑。

(そのシャンプーだって、誰かの創意工夫でできているものだろうに)
 僕は、少しだけいらついた。

「さて、お待ちかね。本命はこれです」
 言った鷺押さんはここで一呼吸置き、低い小さな声で続けた。

「史上初の若返りシャンプー。ジーンリザレクター」
 演台の裏から出された二つ目のそれは、なんの変哲もない、シンプルな黒のボトルに、銀色で、みみずのような筆記体が書かれていた。おおーっ! どよめきが会場を支配する。

「みなさん、テロメアをご存知ですか? 何回か来てる奴はわかるよね!」
 僕がチラッと後ろを振り返ると、後ろの方に座っている年配の方たちが、うんうん、とうなずいていた。

 僕の真後ろに座った青木さんは、なぜだかちょっと焦った様子で身を乗り出し、ひそひそ声で「前を見てください。今、大事なとこですよ!」と囁き、僕は再び前を向いた。それを待っていたかのように、壇上の鷺押(さぎお)さんは話を続けた。

「テロメアは、細胞が分裂するときに長さが短くなる、別名『命のロウソク』と言われるものです。この会場にいる志の高い皆さんはきっと、会社の奴隷になっていることに気づかないバカどもより、よっぽどテロメアが長くて、若く、長生きできるわけですよ」
 会場は再び小笑い。

「このジーンリザレクターは、頭皮から浸透して、テロメアを『補修』してくれるってわけ!」

 なんか、面白そうな技術が出てきたぞ?
 そして、僕の職業病も出た。コレは、地球の技術? それとも、地球外技術?

 机に身を乗り出して講演を聴くと、どうやら、テロメア補修機能を有する新規物質を配合しているらしい。どんな物質なのかなぁ? 地球で産出されたものかなぁ?

 その物質の配合工程は、地球でできるのかなぁ? 外星の大気組成の下でしか配合できない、とかいうオチはないかなぁ?

 ブラックボックスが多いけれど、とても興味深いと思った。この案件について、うちの上長が調査を命じてくれたら、地球外技術鑑定士の権限を使って、いろいろと研究できるのに。

 そんなことを頭の中で考えていたら、鷺押(さぎお)さんの熱のこもったお話は、終盤に差し掛かっていた。

「このジーンリザレクター、汎銀河特許も取得してるんですよ。特許で守られた技術は、他社がマネしたら訴えられますからね、あははは! うちのグループに入ってもらえれば、地球のどこ行っても、売り放題ですけどね! あははは!」

「一部、みなさんを楽しませたくて、不適切な表現があったかもしれません。真剣に聞いてくれて有難う!」

 鷺押さんはおじぎ。そしてガッツポーズ。
 会場を包む拍手は、主に会場の後ろの方から。

 壇を下りた鷺押さんの前に、手帳とペンを持った参加者さん達が列を作る。サインをもらいたいのだろうか?

「どうです! すごいでしょう?」
 僕の後ろに座った青木さんが、青いスーツの上にある目を輝かせながら、身を乗り出した。

「すごいっす! ホントすごいっす!」
 青木さんの隣の、若いお兄ちゃんも興奮している。興奮しすぎな程だ。

「え、ええ。シャンプーに配合されている物質がどんなものか、気になりましたね」
 と返事したら、青木さんが一瞬ビクッとして、

「へぇ、面白い所にご興味がおありなんですねぇ。今日は遅くなりましたから、そのへんの話は次の機会にしましょう。次のセミナーが日曜日にありますが、いらっしゃいますよね?」
 と聞かれたので、はい、と答えた。

 だって、気になるよね? 新技術の中身が。

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