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05 増長

 毎日、新しい試験データが私の元に上がってくる。熱耐性、体内組成、塩基配列、ラジアル荷重耐性、その他諸々。知らない評価指標が洪水のように押し寄せてきて、この部門に移籍してきたばかりの私は面食らう。

 しかし、業界では一般的に用いられているらしいその指標すら、新しい知恵のように私には思えた。私の前で「ばあ」と存在し始めた指標たち。私は嬉々として、データの海に潜った。まさにこれだ。ダイビングがしたかったのだ。

 早く手柄を立てたかった。より早く結果を出せば、より早くこの分析部門で認められる。そうすれば、息子のカナタに宇宙プラレールを買ってやることができる。
 
「この検体OMJ1244には、擬態能力が備わっています。例えば、葉っぱに擬態して敵の攻撃を避ける虫のような能力が。この俵型の形と、背中の焦げ茶色の照りは、その擬態能力の発現だと思われます」
 小さな5B会議室の、ホワイトボードの前に立つ私はそう説明した。

 すると、窓側の席に座ったイヴァンカ女史の手が小さく上がった。

「検体OMJ1244は、何に擬態したっていうの? ブンタ」

「まんじゅうです。怖い天敵から、身を守るために」
「MANJU?」
「私の故郷の国では有名な菓子でして」

 和菓子というやつだ。しかし、イヴァンカ女史の反対側に座ったゴルドーが意見を述べた。
「そもそもMANJUが怖いなどという生物がこの世に居るのか? RAKUGOの世界ですら、MANJU怖いといいながら、大量に食べたではないか」

 さすが、異国文化オタクのゴルドーだけのことはある。彼は、テーブルに置かれたお盆に手を伸ばそうとした。

「HuM?」
 お盆の上に置いた、片手でつまめるような大きさの饅頭……風のナニカがモゾッと動いた。ゴルドーは驚いてバランスを崩し、椅子ごと後ろに倒れた。

「MANJUの山の中に、検体をしのばせておきました。どうです? 混じっていてもわからない。怖いでしょう?」
「しゃらくさい検体だ。そして、下らないパフォーマンスをどうもありがとう、ブンタ」
 ゴルドーは俵型のその検体をデスクに叩きつけた。しかし、なんらダメージを受けた様子もなく、検体はモゾモゾと、緩慢に動いていたのだった。

「なぜ、検体をテーブルに置いたのだ。危険だとは思わなかったのかね?」
 この場のリーダーで細面の、ロックフォード上長の目が厳しくなる。私は言った。
「さしたる有害性は現時点で認められておりません。そして、検体OMJ1244は、ほぼ、栗まんじゅうだと言ってよいものだからです」

「なに?」
 小さな驚きが、テーブル全体に広がった。

「どういうことかね?」
 と、ロックフォード上長が話の続きを促した。私は回答を提示した。

「分析した所、この検体OMJ1244は、栗まんじゅうと、DNAの殆どが一致したのです。その一致率、優に99.99999917%」

 この驚くべき数値に理解を示せない、無知な者が何人か会議に混じっており、互いに顔を見合わせていた。私は付け足した。
「人と猿ですら、98.5%程度しか一致しないというのに」

「つまり……どういうことかね?」
 ロックフォード上長が聞いてきた。我が意を得たり。私は、前もって準備していたセリフを吐いた。心持ち、息を太くして。

「すなわち、検体OMJ1244は、限りなく栗まんじゅうに近いクリーチャーであると言えます」

 しかし私は、イヴァンカ女史に、あっさりとたしなめられたのだった。

「ブンタ。あなたは知っているの? 人と猿の一致だって、13億文字もの、まったく違う部分を切り捨てて対比した結果の、98.5%であるに過ぎないということを。一部の違いが、生物の形態に大きく影響することもあるということを」
「そ、そうなのですか?」
 手柄を立てたかった私は、手痛いしっぺ返しを食らうことになった。無知な研究員など使い物にならない。「クビ」という赤い文字が脳裏を縦横無尽に走り回り、背広の中では汗が噴き出していた。

「ブンタは、まだ慣れていないからな。まぁうまくやってくれ」
 小さく笑ったロックフォード上長の目は、奇妙に優しかった。叱責を覚悟していたのに。意気消沈し、ラボのデスクへと引き上げた私は、横っ面をさらにひっぱたかれることになった。

「至急連絡を」

 研究仲間の青年、ジムからのSOSを示すメールが、使い古した社内メールシステムを経由して、私のパソコン画面上に、ベタリと張り付いていたのだ。


――――
次回:生存者

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