見出し画像

07 エゴ的な「いないいない」

 予想に反し、私は検体OMJ1244についての指揮を託されることになった。調査の甘さを詰問され、この任務からは外されると思っていたのに。

「うまくやってくれ」
 と言う、ロックフォード上長の目は、不自然な程に優しかった。

 そして誰もが、私から微妙に距離を取り始めた。業務に必要な会話はいつも通り。しかし、くだらないジョークや私語が激減した。他のメンバー同士は、相変わらず金や女の話をしていた。

(面倒事を押し付けられた、ということか……)

 さすがに私は気づいた。私には見えていなかった人間の負の側面、裏事情が、「いないいないばあ」をしてきた。

 ともあれ私は、与えられた任務をこなす以外の選択肢を持ち合わせていなかった。息子に宇宙プラレールを買ってやるには。息子を広い世界へと旅立たせるには。私はここで、成果を勝ち取るしかないのだ。

 検体OMJ1244を撮影したMRI画像。その中に小さな影を見つけた。他の者なら、ノイズか何かだと見逃していた事だろう。しかし、東洋出身の私には分かった。

「こいつは、栗虫か」

 まんじゅう型の検体の、その中に隠れた栗。そのさらに中に隠れた、まさに獅子身中の虫。取り出して調べてみると、やはり、栗虫とのDNAがほぼ一致した。
 一致率は、98%程度。検体OMJ1244と栗まんじゅうとの間の一致率と比べると、低い数値ではあったが、それには原因が推認できた。

「放射線だな」
 と、相談役のサンドイッチ博士は言った。

「放射線?」
「ああ。放射線が、その、KURIMUSHI? ってやつのDNAを傷つけ、生態を変異させたのだ」
「なんてことだ」
 DNAは生命の設計図とも言われている。その設計図が改変されてしまったのだから、生物として違う形質を獲得することも頷ける。

 そして私達は、パンドラの箱を開けてしまったのだ。

 ある日。イヴァンカ女子が、眼鏡を光らせて、私に言った。
「おかしいのよ。検体が2匹になっている。ブンタ、新しい検体を足した?」
「2匹? 見間違えでは?」
「いいえ、たしかに2匹いるわ。ほら」
 イヴァンカ女史の、白いしなやかな指が示す検体ボックスの中には、焦げ茶色の照りを備えた俵型の物体が、2つ蠢(うごめ)いていた。
「何があったんでしょうか」

 シャーレの上で菌を培養すると、菌は円形のコロニーを作るのだが、そのコロニー同士がくっついて、1つになることはある。つまり、減ることはある。

 それとは逆に、増えるとは。

 それから1ヶ月の実験で、我々は衝撃の事実にたどり着いた。
 検体OMJ1244は、増える。
 まるで、1個の栗まんじゅうが、1つの細胞に相当するかのように。細胞が、細胞S(ズ)になるかのように。増殖のカレンダーに従うように。

「細胞分裂なのだとしたら、テロメアは一体、どうなっているんだ」
 と、サンドイッチ博士が嘆息した。
 なにかをトリガーとして増殖をスタートさせ、1匹の検体が、10回の増殖で1024匹になる、という恐ろしい試算。

「2のn乗か……陸のピラニアになりかねないな」
 と、検体に手をついばまれた、そばかすにモジャ毛のケビンが言い、私は2秒遅れてその意味を把握した。

「うん。残らず駆除しなければ、やがてこの星の地表は、ピラニアの海になる。増殖したクリーチャーに占拠されてしまうだろう」
 サンドイッチ博士が発したその予測は、我々の肝を冷やすのに充分だった。

「栗ーチャーだって?」
 私のそのひと言で、検体OMJ1244の名称は、『栗ーチャー』と正式に決まった。

 箝口令が敷かれ、その後の研究は極秘裏に進められた。こんなことを対外的に公表してしまったら、世界はパニックになる。栗ーチャーへの対処方法が確立されるまでは、秘密にしておかなければならない。

 私はというと、以前、私の家で見かけた、あのおまんじゅうのことを、研究員に言い出せずにいた。おそろしかったのだ。
「ブンタ、お前は検体を持ち帰ったのか」
「セキュリティ意識はどうなっている!」
 などと罵倒されてはたまらない。

 せっかく手に入れた、研究漬けになれる職場を、そんなことで失うわけにはいかない。家で見たアレは、きっと、ゴミ清掃車が遠くに運び去ったはずだ。燃えるゴミとして焼却処理されたはず。

 それは私の身勝手なエゴだと自覚していた。そもそも、栗ーチャーが火では死なない事は調査済みであったのだから。私や世界よりも優先すべき家族。それを守りたい私が、私自身に見せた幻覚。科学者にあるまじき楽観的観測。私は必死に、自分の認識に対して「いないいない」を続けた。

 その結果――。


――――

次回:生物は進化する

ここから先は

0字
明るく楽しく激しい、セルフパブリッシング・エンターテインメント・SFマガジン。気鋭の作家が集まって、一筆入魂の作品をお届けします。 月一回以上更新。筆が進めば週刊もあるかも!? ぜひ定期購読お願いします。

2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。

もしよろしければサポートをお願いいたします。頂いたサポートは、他の方の著作をサポートする為に使わせて頂きます。