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2-03. 等式では出てこないその表情の理由

 朝ごはんに昨日の残りのカレーをお願いしたら、あーさんは「その前に、燃えるゴミを出してきてくれない?」と言ってきた。

 ゴミのことより、先のことを考えなければ。僕らの将来の為に。

 仕事をしなくても勝手にお金が転がり込んでくるようになったら、メイドさんを雇って、あーさんを雑事から解放することができる。そして、海外旅行に二人で行ったりして、楽しく暮らすんだ。

 アリストテレス先生の時代には奴隷制度があった。

 奴隷には「苦役を与える」という悪いイメージがついているけど、実際はそうではなく、「適材適所」という考え方だったらしい。

 アリストテレス先生は『政治学』という本で、家政(オイコノミケー)について分析していた。曰く、完全な家は、奴隷と自由人からできている。関係の最小部分は、主人と奴隷の主従関係、夫と妻の婚姻関係、親と子の親子関係。奴隷は主人の一部に属していて、共通の目的へと進むものである。

 男性が女性より、自然によって優れているとも、アリストテレス先生は言っていた。ただしそれは、現代の感覚とは違っている部分。今はむしろ、女性の方が優れているように僕は思う。特に、僕とあーさんとの間ではそうだ。

 ともあれ、力仕事はソレが得意な奴隷にまかせて、自由人である夫と妻は、奴隷のおかげで生まれた「余暇時間」で思索をする。そんな古代ギリシャ時代の生活が、僕の理想の生活なのかもしれない。

 現代なら、AIを搭載した家電が奴隷の代わりをしてくれている。車もあと少しすれば、完全自動運転になるだろう。ただし、それを買えるお金があれば、のことだけど。

 僕とあーさんがそんな「自由人」になるためには、「働かなくても暮らせる方法」を探すことが大事だ。当然、時間もそれに使うべきで、ゴミ出しで時間をロスしていられない。

「そういうわけだから、ゴミは代わりに出しておいてくれない?」
 あーさんに向かってそんな話をしたら、なぜかうんざりしたような表情で「はいはい、テロステロス」と帰ってきた。

 テロスは「目的」という意味を持つ。だから、僕の意図はしっかり伝わっているかに見えた。ただ、あーさんの表情が何かおかしい。その違和感の正体は、カレーを食べている最中に発覚した。

「アリスとテレスは、どっちがボケで、どっちがツッコミなの?」

 なんとあーさんは、アリストテレスを知らなかったのだ。「アリスとテレス」という芸人だと思っていた。驚きのあまり凍りつく僕。

 アリスといえば、昔そんな、伝説的フォークグループがいたなぁと考えた。対象を最小単位に分割して考えるのはアリストテレス流であって、アリスを分割すると、谷村、堀内、矢沢の三人だ。すなわち、以下のようになる。

 アリスとテレス=アリス+テレス  ……(等式1)
 アリス=谷村+堀内+矢沢  ……(等式2)

 (等式1)の右辺にあるアリスに、(等式2)の右辺全体を代入。

 アリスとテレス=谷村+堀内+矢沢+テレス  ……(等式3)

 したがって、あーさんの言うお笑い芸人は、ボケとツッコミのコンビではなく、谷村、堀内、矢沢、テレスの4人グループということになる。証明終了。

 そんな感じで心が温まった所に、レンジで温まった、おかわりのカレーが出てきた。
「なんでニヤニヤしてんの? キヨくん」
「ちょっと考え事。考えることって、大事だよ。人間は考える葦(あし)だからね」
 そうしたらあーさんが、とどめの一撃をくらわせてきた。

「人間が考える葦(あし)っていうなら、ロダンの『考える人』は、頭痛が痛い、みたいになるんじゃないの?」

 人=考える葦  ……(等式1)
 ロダン=人=考える葦 ……(等式2)

 したがって

 ロダンの考える人=考える葦の考える考える葦 ……(等式3)

 けっさくだ。
 あーさんのこういうセンス、本当に凄いと思っている。タイムリーに等式の話題を振ってくるあたり、どういう知覚能力してるのか? と感嘆してしまう。

 出かけるとき、アタッシュケースを手渡してくれた彼女は、ツンデレっぽい表情をしていた。眉をひそめているのに、かわいらしいという代物。

 なぜあーさんが眉をひそめていたのか?

『彼』が現れるまでの間、僕はそれに気づくことができなかった。

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