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2-04. コロンブスの卵ではない卵

 例えば接客業だったら、出勤したら「おはようございます」だと思う。でも、僕の職場には挨拶はあまり無かった。

 「万里の長城」とあだ名される壁で、各ブースがぶどうの房のように区切られていた。

 中国の本家「万里の長城」はそんな形だっけ? とも思うが、その壁は、職員同士のコミュニケーションを絶つためのもの。他の技術知識が交じると、判断に影響が出るから。

 チェックすべき製品の情報は、上長から、手持ちのデバイスにデータとして送られてくる。コピーや閲覧には制限がかけられ、デバイスに閲覧履歴も残るので不正はできない。

 ブースの出入り口、僕が座った椅子の後ろあたりを、自動キャリアが走り回っている。

 縦長の棚に、車輪がついたもの。別途必要な閲覧資料や、チェックを担当する製品そのもの等が、それに乗って運ばれてくる。AIによる自動ピックアップ、自動搬送キャリアになっていて、昔、大手ネット販売会社の倉庫でよく用いられていたものと、原理は同じだった。

 僕は席について、水滴付きの銀色マグに入ったアイスコーヒーを少し飲み、デバイスからピックアップ指示を出すと、程なくして自動キャリアがぶうんとやってきて、卵を運んできた。

 この卵型のモノが、今僕が担当している「マイクロダイソン球」の実物だった。

 ここで使うわけにはいかないから、実験は別途、実験棟やバーチャル空間持ち込みで行う。そのフェーズは先日終了していて、試供品として1個もらってもいる。

 ダイソン球というのは、恒星を卵の殻のように覆う仮説上の人工構造物で、恒星が発するエネルギーすべての利用を可能とする「宇宙コロニー」の、究極版。

 そんなSF知識から発想を得たんだろう。「何らかの物を卵とじのように包んでエネルギーを有効利用する」という、発想の肝の部分を、ご家庭用のエコ製品へと当てはめたのが、このマイクロダイソン球だと推察できた。

 この「着想」までなら、地球の現行技術に基づいて可能だろう。例えば、先日調べた資料にもあるように、ダイソン球という概念は既知だった。つまり、この卵型のマイクロダイソン球は、いわゆる「コロンブスの卵」とは言えなかった。

 ところがである。これをご家庭でも使えるように「具体化」するのが、大抵は難しい。ダイソン球を模したなら、球によってお家を包むことになるけれど、それだと地面の下はどうなるのか? とか、その家の領域はどこまでなんだ? といった問題が生じる。

 例えば、土地が塀で仕切られていたら、一見、そこが境界なのかと思えるけれど、庭から生えて、塀の外へとはみ出す木を包んでもいいのか? これは技術的というより法的な疑問点だけど。他者の空中権を侵害することにならないか?

 また、家には「部屋」という概念がある。僕の家の2LDKだって、キッチンと和室と洋室は、ブドウの房みたいに区分けされている。その区分けをどうやって球で覆うのか?

 卵の殻が、アメーバが侵食するみたいに広がっていくように構成したとする。その場合、領域がクローズドじゃない場合どうするのか? 扉を開けたままだと、そこからアメーバが外に向かって侵食を続け、地球を覆い尽くしてしまうかもしれない。

 そんな感じの疑問を抱えながら調査したところ、このマイクロダイソン球には、「物質透過剤」が使われていることがわかった。建物などの物質を通り抜けて一定の直径まで球状に広がり、そして一定時間で硬化して、透明な膜となる。できた膜の一部を専用カッターで切り取って、内外の通路を確保する。単純化すると、そういう技術だった。

 しかし、肝心の「物質透過剤」なる物質が、出願時の地球に存在……する事を示す文献は見つからなかった。

 したがって、このマイクロダイソン球には、少なくとも物質透過剤の使用という点において、地球外技術、要は「オーバーテクノロジー」が含まれている。

 ……そんな感じの査定書を、をカチャカチャとデバイスに入力して、上長に送信し、本件についての終了フラグを立てた。

 借用したマイクロダイソン球の実品も、自動キャリアに返却する。

 僕は、懸案だった「月曜日の憂鬱」の打破に安堵して、ホットティーを飲んだ。気を引き締めるアイスコーヒーと、弛緩のためのホットティーとを使い分けていたんだ。

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