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1-03.選り分ける

『オクレルスマヌ』
『りょうかい』
『さきいか』
 スマホのLINEでのやりとり。さきいかが私だ。
 子持ちの咲良(さくら)にはこれで伝わるだろう。案の定、咲良から返信で、イカの絵文字が五つと、『ママロモーモね』と返ってきた。

 大絶賛独身中の愛(あい)と駅で待ち合わせて、咲良を待たずに二人で、カフェとパスタの店「ママロモーモ」に入った。私はシンプルに、チーズケーキと紅茶を注文した。

「あたしもチーズケーキ。ドリンクは今日のコーヒーで」
「かしこまりました。今日のコーヒーは『亜高速スライダー焙煎』ですがよろしいですか?」
「あこ……? そ、それでいいです」
 私の後ろに並んだ愛は、戸惑いつつ、少し高めの声音で言った。ほっそい体にさらさらっ毛で、エプロンの似合う男性店員は、愛のストライクゾーンなのは間違いない。

 カフェとパスタの店「ママロモーモ」は、東京三鷹という、少しマニアックな場所にあった。声優の養成所に通っていた当時の私達はたいてい、学校近くの西新宿とか、腐女子の聖地である池袋あたりに出没していた。でも、イカの絵文字を五つ送ってきたっきり現れる素振りのない咲良が結婚して、西に引っ込んで以来、私達の出没エリアは中央線の西側へと移動した。たまに吉祥寺まで出ることもあるけれど、面倒なので三鷹で済ませることが多くなっていた。
「ジローラモみたいな名前だよね、ママロモーモって」
 この店に来るたび、私はそう言うけれど、一度として同意してもらえたことはなかった。
 ケーキもパスタも美味しい。客層的に学生が少なくて、ガヤガヤせず落ち着いているのと、ドリンクセットは飲み放題付きなので、腰を据えておしゃべりするには最適だった。それが、私達がここを気に入っている原因だった。

「原因と結果をセットで理解してこその『学』というものだよ、あーさん」
 夫のキヨくんは、この間もそんなことを言っていたなあ、とか思い出していると、この店を選んだ原因の「もう一つ」が、三十分ほど遅れて入ってきた。遅れてきた咲良のお盆には、抹茶ラテと、おかき盛り合わせが乗っていた。和風! 洋風の店構えなのに、おかきもメニューにあることに私は驚いた。
「おまたせ、愛。あと、5%」
「おー、きたね、咲良」
「私は5%じゃないっての。あと、そろそろゲームソフト返せ」

 私の名前は今田有利子(いまだ・ありす)という。夫からは「あーさん」と呼ばれていて、旧姓は前田。カタカナで書くと不思議ちゃんのアリスだけど、漢字で書くと「無利子」ではなく、有利子。そして私は、咲良に利子つきで金を貸したことなど一度もなかった。むしろ、据え置きゲームのソフトを無料で貸したまま、なかなか返ってこない。
「本当に利子を5%つけようか?」と咲良に言ったら、イケメン店員とのラブロマンスが始まる気配のない愛が、ツッコミを入れてきた。
「0円に5%利子つけても、0円でしょうに」
「ふひゃひゃ、傑作だで!」
 結婚と同時に女を捨てたような口調で、咲良は笑いながら席についた。いや、女を捨ててたのは、結婚するはるか前からか。私も他人のことは言えないけど。
 咲良はこれで子持ちだというのだから、美人なのになぜか男日照りの愛がしょげるのも、わかる気がする。まぁ、原因ははっきりしているけれど。

「ちょっと聞いてもらっていい?」
 到着早々、咲良は愚痴りだした。子守りにてんてこ舞いな話かと思ったら、違った。なんでも、子供を抱っこして買い物に出たら、反対側から歩いてきた男が、くわえタバコで歩いていたんだそうだ。
「子供の顔に、煙をかけんなっての!」
 と、咲良がテーブルを拳でどんと揺らす。
 咲良のこの反応が、私達が「ママロモーモ」に入り浸る、もう一つの原因だった。この店、分煙がしっかりしているのだ。
 たまに、「分煙」と謳(うた)いつつ、喫煙スペースと禁煙スペースとが仕切りなしで繋がっているカフェがあるけれど、あれはいただけない。タバコの匂いが禁煙スペースまでダダ漏れ。そして、子持ちの咲良は、服にタバコの匂いがつくのを毛嫌いしていた。息子を抱っこするからだろう。
 その点この店は、喫煙スペースと禁煙スペースとが、ちゃんと扉で仕切られていた。
「ここなら完全分煙だし、大丈夫でしょ。みつくくん、また連れてきなよ」と私は提案する。
「また今度ね。みつくは、かあさん家で寝てるんじゃないかな。さっきまで一緒にいたんだけどね」
 言いながら、おかきを食べる咲良。咲良の実家が近すぎて、しかも、みつくくんの祖母も祖父も健在だから、保育園には入れることができなかったのだ。こうやってたまにカフェ行脚できるようになったのも最近だった。

 声優養成所時代の仲間の一人がプロになったとか、別の子は相変わらず劇団員をやっているとか、恒例の話が一段落したところで、咲良が話を振ってきた。
「有利子(ありす)んとこは、子供まだなの? 結婚して三年でしょ?」
「いや、うちのキヨくんはまだ、夢見がちだからさ」
 本当のことだから、言ってもいいだろう。
「いまだに? 現実見ればいいのに。ちゃんとした仕事、ついてんでしょ?」
「ま、まぁね」と生返事。

「旦那さん、仕事、何やってるんだっけ?」
 と話に入ってきたのは、独身の愛だった。愛は今、遊園地でキャストさんをやっている。ポップコーンの売り子だ。現実世界を支えながらお客に夢を「売る」。仕事内容の割に薄給だけど、その遊園地が好きだから仕方がない。「好き」っていう感情は、社会から搾取されやすいのだと、声優志望「だった」私達は知っていた。アニメ業界とおんなじ。駆け出しのアニメーターさんなんか、月給たったの数万円らしいし。ともあれ私は、フォークに刺さったチーズケーキの一切れを紅茶で口に押し込んでから、愛に答えた。
「うちの旦那は、なんか、難しい仕事してる。ひよこ鑑定士みたいな」

「ひよこ鑑定士? あの、オス、メス、オス、メス、メスって仕分けするやつ?」
 キャストの愛が、役者がかった感じで、大仰に仕分けのジェスチャーをするもんだから、店内で目立つ。子持ちの咲良から「おいぃ! 振りが大きい!」と注意されていた。
「仕分けてるのは、実はひよこじゃなくて、いろんな製品らしいんだけどね」と私は説明したら、「製品? どんなのを?」と、愛が聞いてきた。

「ええとね。こないだは、ダイソン球っていうのを仕分けてたみたい」

「掃除機?」と、子持ちの咲良が抹茶ラテをごくり。
 まぁ、そう誤解するよなぁとは思っていたけど。
「違うの。マイクロダイソン球っていう、エコ製品なんだけど」
 私の前に座った二人組が「なんだそりゃ」「怪しいのがでたぞ?」と不思議がったので、私は説明を続けた。
「卵みたいなのがぶわーって広がって、一軒家をまるごと、薄く覆って、家のエネルギーを逃さず活用するんだって」
 テスト用に、とキヨくんが会社から持ってきた一個は、今度自宅で使ってみることになっていた。
「電気代助かりそうね」
 さすが主婦。咲良の感想は所帯じみていた。
「旦那さん、頭良さそうじゃん。そういう男、紹介してよ私にも」
「愛は見る目が厳しいからなぁ。ね、有利子」
「うちの旦那は大したことないよ? キヨくん夢追い人だし」
 この点については、二人とも完全に私の味方で。「夢とロマンでご飯は食えない」「普通に稼げ」と、キヨくんがもしここにいたら、確実にしょげ返るだろう言葉が、飛び交いまくった。
「でも、嫌いじゃないんでしょ?」と咲良が言って、おかきをボリボリと食べた。
「まぁ、ね」
 と、言って紅茶を飲んだら、二人ががりでからかわれた。「のろけきた」「照れなさんな」「いいねぇ若い子は」「愛さん愛さん。あっしらと同い年でっせ、彼女は」「うわ、私にもそういうのくれ!」といった感じだった。

 いたたまれなくなった私は、テーブル上の押しボタンスイッチをぽんと押した。エプロン姿のイケメン店員がやってきた。案の定、一転して肩を縮めておとなしくなった愛を見て、子持ちの咲良はふひゃひゃと笑った。

「あの、コーヒーのおかわりをお願いします」
 愛が、借りてきた猫っぽい声で申し出ると、エプロン姿のイケメン店員は、
「かしこまりました。亜光速スライダー焙煎コーヒーですね」
 と聞いてきた。客の先刻のオーダーをしっかり覚えている。できた子だ。
「はい」という素直な愛の返答に食い気味に、子持ちの咲良がさりげなく助け舟を出した。
「お兄さん。その、亜光速スライダー焙煎って、どんなやつなんですか?」
 咲良はそう言って、店員に向かって微笑んだ後、さりげなく視線を転じ、愛に目配せをした。「話題は振ってやったから、後はお前が頑張れ」というアイコンタクトだ。
 イケメン店員は、どうやら昔、野球少年だったらしい。彼は喜々として話し始めた。曰く、どこぞの外星の焙煎方法を使って淹れたコーヒーなのだそうだ。
「コーヒー豆をランダムにつかんで、縦スライダーの回転をかけながら亜光速で射出し、エグみを飛ばすんです。ジャイロスピンでスピードも落ちませんし。そうやって豆をギャラクシティローストします。いわゆるシティローストの銀河版ですね」
 目をキラキラさせながらイケメン店員はそう語ったが、私には正直、彼が何を言っているのか分からなかった。
 愛も多分、分かってない。話に合わせ、熱心に頷く回数が多すぎた。愛のその姿はまるで、福島県会津の郷土玩具「赤べこ」のよう。
 子持ちの咲良は「いやいや、高速縦スラはマグナス力発生しないから。しかも速すぎて縦変化しないんじゃないの? 変化球なのに。あと、ボールじゃなくてコーヒー豆かよ」と、謎のツッコミを入れて、イケメン店員の笑った顔を引き出していた。
「博学だな」
 と私が言ったら、咲良は「いや、野球知識ね?」と誇らしげだった。きっと息子のみつくくんは、野球少年になるだろう。

 店員が追加注文を取り終えてカウンターに帰って行くと、愛は大きな息を吐いてテーブルに突っ伏した。どうやら、イケメンに話を合わせるのは疲れる模様。それを見た咲良がまたも笑いながら「まあ、がんばれや」と愛の肩を叩いた。突っ伏したまま、電池が切れたみたいに動かない愛。
 咲良は視線を私の方へ向けて、こう聞いてきた。
「で、ダイソンなんちゃらは、結局どうだったの? 有利子」
「あ、んっとね。明らかに、地球のモノじゃなかったってさ。部屋の壁をスーっと通り抜けて丸く広がるとか、今の地球の技術じゃ、ありえないんだって」

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