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04 検体「OMJ」


 私の新しい仕事は、おおむね順調に推移していた。
 配置転換で今の研究部門に来たのだが、何を間違ったのか「ブンタは仕事のできる男」なる根拠なき賞賛と引き換えに、前職のおよそ2倍のタスク量を手に入れていた。

(フレックス勤務だった頃がなつかしいな……)
 と思うこともあったが、これでいいのだ。

 大好きなプログラミングはやる暇が無くなったが、なにぶん給料がよく、妻と子供を養うことができる。そして研究は面白い。毎日、新しい事を知ることができるので飽きない。まるで、今まで認識出来ていなかった、私にとっての事象の地平(イベントホライゾン)のその先を、探索しているかのように。未知の星で冒険しているかのように。
 今日もワイシャツの袖をまくり、ラボに備えつけられたパソコンに向かう。

「なぁ、ブンタ。この検体なんだが」
 机の壁越しに、上長が声をかけてきた。パソコンには通知も来ていた。どこぞのコンサル会社の社名ロゴの入った、10年もの間使い続けの社内メールシステムは、社外用メールとはセパレートされていた。
「はい」
 メールにはファイルが添付されていた。いつものように、識別番号がついていた。OMJ1244。
「これですか?」
 言って、文書より先に画像ファイルを開く。イメージを扱う右脳の方が、言語を扱う左脳より処理が速いからだ。
「ああ。これの分析を、ブンタに預けようと思うのだが」
「承知しました」
 タスクが増えること自体に躊躇(ちゅうちょ)はない。私には目標があるのだ。

 いつか、育った息子が私達の元から旅立つ時が来る。重力の如きこの世界のしがらみを振り切り、私達よりずっと遠くまで飛んでいくだろう。その時、私はブースターになるのだ。第2宇宙速度に達するために、息子というロケットが切り離す為のブースター。

 画像ファイルが表示する、俵のようなものに、私は見覚えがあった。なぜならそれは、楕円形の身体から足の生えた、焦げ茶色の生物だったからだ。


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次回:増長

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