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見つめ合うと素直におしゃべりできない。

さっき行ったラーメン屋のBGMは、全曲サザンだった。
入った時に流れていたのが『素敵な夢を叶えましょう』で、次に『心をこめて花束を』。その次に流れたのが『TSUNAMI』だった。

風に戸惑う弱気な僕 通りすがるあの日の幻影

最初のところを聴いただけで、じーんときた。
注文したまぜそばが来るまでの間、じっくり聴き入った。

聴けば聴くほど「よくこんなのできたなぁ」と思う。
選んだ歌詞、その発音、言葉と音の組み合わせ、伴奏、曲の展開、サビの盛り上がり、カンペキじゃないか。ホントの話か知らないが、できた時、桑田さんが他の人の曲じゃないかと調べさせたのも頷ける。

この曲がリリースされた2000年は、社会人一年目の年。
主題歌だった『未来日記』にもハマっていて、会社の前のバス停で同期と興奮しながら「いい曲だよなあ!」と語ったことが思い出される。

当時はいまほど作曲していなかったから、いま聴くとさらにその凄さが聴き取れる。このメロディーをこの歌詞と伴奏に合わせ、この世界観で描くことで伝わってくるものの大きさよ。「できた時、うれしかっただろうなあ」とつい想像してしまう。

けれど、この曲にはその後「いわく」がついた。

2011年3月、日本を襲った東日本大震災による津波の被害。
2000年のリリースだから、もちろんその事を歌ったわけではないけれど、震災以降、サザンはこの曲をライブで演奏していない。

『TSUNAMI』は別の意味合いを持つことになった。

見つめ合うと素直に おしゃべりできない

あれから二十年経った。震災からはもうすぐ十年。
それでもこのサビの素晴らしさは色褪せることがない。「おしゃべり」ってところがいいんだよなあ、と、二十代の僕も四十をこえた僕も思っている。

そして、ここもたまらない。

好きなのに 泣いたのは何故?

たった十二文字だが、これほど美しい言葉の並びをすくい取った桑田さんはやはり「天才」と言いたくなる。こんなに易しい言葉で、こんなに胸に迫る。これが書けたら死んでもいいというくらいのキラーフレーズ。

そんなわけで、もうすぐ3月11日がやって来る。
実をいうと、ウィルスの話の余波で、震災を意識することはほとんどなかったし、この記事を書くまで忘れていたくらいなのだけれど、不思議なことに『TSUNAMI』について書くことで、こうして思い出すことになった。

今回の取材ではようやく“TSUNAMI”を聴けるようになった人、聴くことで震災を思い出すきっかけにしたいと考えた人、そして、やはり聴くのには抵抗がある人など、1つの曲をめぐり、さまざまな思いがあることを知りました。

これは先に引用したNHKニュースの中の言葉。

こんなふうに意識されるような曲が、他にあるだろうか。
その意味でも『TSUNAMI』は特別といっていいのだと思う。

夢が終わり目覚める時 深い闇に夜明けが来る
本当は見た目以上 打たれ強い僕がいる

あえて書くまでもないが『TSUNAMI』は失恋の歌だ。
それなのに、いま歌詞を引いているとそれ以上の意味が宿っているような気がしてならない。

めぐり逢えた瞬間から 死ぬまで好きと言って
鏡のような夢の中で 微笑みをくれたのは誰?

本当の名曲は、彼岸と此岸、あの世とこの世の架け橋になると聞いたことがある。

『TSUNAMI』は、もしかしたら生まれた時からこうなることを知っていたのかもしれない。

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