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つづく。

毎週コンビニで漫画を読んでいる。
ジャンプ、スピリッツ、マガジン、ヤンジャン、モーニング。最近はスマホでも漫画が読めるようになったので、読む量もうんと増えた。

作家さんの想像力と編集者さんの構成力。「漫画はすごい」「漫画家さんって天才だ」と事あるごとに言っては奥さんに呆れられている。挙句、こんな歌までつくってしまった。

漫画はいつも途中で終わる。
夢中でページを繰って「つづく」まで行くと、余韻とともに「次はどうなるんだろう」と想像する。とてもワクワクする。

もしかすると、漫画の続きを読むことは僕にとって生きがいかもしれない、とさえ思うことがある。

で、最近、この漫画を読む感覚に似ていると思ったことがある。
それは「話をきくこと」だ。

特に『listen.』のような未二観や円坐のかたちで話をきかせてもらうと、聞いた後の感じが漫画の読後感に似ている。15分や90分で区切りが来て「つづく」となった後、次はどうなるんだろうとワクワクするのだ。そして、普段会話をするのに比べて余韻が長く、時には数日にわたって残る。

聞いているうちにだんだんその人のファンになっていく感じも似ている。どのような性格であれ、どのような局面であれ、その状況と格闘するその人の姿に魅力を感じる。

なぜそんなふうになるのかは分からない。15分や90分と時間に区切りを設けているからだろうか、それとも「たどる」かたちで聞いているからだろうか。

作家が意図して区切る漫画とちがって、話を聞くときの「つづく」は唐突に現れる。「15分経ったらこんな話をしているようにしよう」なんてことは誰にもできない。

にもかかわらず、大抵、見事なところに「つづく」は挿入される。

そして漫画とちがって、その続きが聞けるかどうかはわからないのが心憎い。次は一ヶ月後、三ヶ月後、時には数年後になることもあるし、聞けないことだってある。

それでも、そのとき聞いた話やそこに現れた人物や場所のことは、結構残る。

漫画を読むみたいに聞いています、って言ったらなんかふざけているみたいだけれど、本人は至って真剣だ。そういう真剣のあり方もあるんだと思う。

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