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『劇場版からかい上手の高木さん』がヤバすぎた件(ネタバレしまくり)

 まさか(現時点での)今季No.1アニメ映画になるとは予想打にしていませんでした。

 皆様、『からかい上手の高木さん』という作品は知っていますよね?

劇場版からかい上手の高木さん

 中学生の純情な男の子・西片がクラスメイトで隣の席の女の子・高木さんとからかいという名のイチャイチャをしまくるという、最近流行り始めた1対1ラブコメの流れを作ったような作品です。

 2013年から連載開始されたこの漫画はたちまちのうちに評判になり、5年後にはアニメ化、そして2期3期と作られて今回の映画化にまで至った、本当に人気作なんですよね。

 テレビ版ではショートアニメのように短い話を何個もやるという形式でして、だいたい毎回西片が高木さんに勝負をしかけるも逆にからかわれて負けるという展開。大胆で少しエッチな事を言う高木さんに翻弄される西片という、胸がキュンキュンしてしまうような話ばかりでとても癒されます。

 西片と高木さんの次に出番が多いのがミナ、ユカリ、サナエの女子トリオ。元気で少しおバカなミナと堅物そうで実は恋に恋してる乙女なユカリ、マイペースでいつも無表情のサナエの三人組がメインも話も多く、こちらでは恋バナは出てきても恋愛展開にはならないので棲み分けができてるんです。

左からサナエ、ミナ、ユカリ

 …まあそんな事は『からかい上手の高木さん』を観ている人なら全員知ってる事なのですが。

 今回の映画も西片と高木さんのコンビとミナ、ユカリ、サナエの三人組の話でちゃんと分かれてるんですが、僕この映画観てビックリしたのが…。

 大人になる事とならない事、両方を肯定している!!!

 でこれもそうなんですが、この映画本当にビックリする事だらけでして。

 ここからどんどんネタバレしていくので、まだ観ていない方は了承の上ご覧ください。

・大人になる事を選んだ西片

 まず前提として、この作品は西片が高木さんにからかわれる事で成り立ってる作品じゃないですか。

 そんな中で1期の最終回で西片が高木さんから借りたハンカチに『どうもありがとう』と書いた紙片を入れて返して高木さんを悶えさせたり、2期で西片が夏祭りに誘った時に高木さんが嬉しくなりすぎて買ってきたジュースを全部西片にあげちゃったりなど、たまに西片のカウンターがあるからめちゃくちゃ面白くなっていると。

 そして3期で西片がようやく男を見せてホワイトデーのお返しを高木さんに届ける。というとこで一旦テレビシリーズが終了したわけですが、映画版が始まった時点ではなんとまだ付き合っていない(笑)

 まあそれは予想できた事なのでいいんですが、予想できなかったのはまず圧倒的なカメラワークのセンス

 映画の冒頭、お決まりの西片と高木さんの教室での会話シーンから始まるのですが、なんか緊張感が凄い(笑)

 まず西片の顔が映し出されるのですが、高木さんの顔は下半分しか映さない。

 かと思えば引き気味に映したり、窓越しに映したり、とにかくじれったく高木さんを描くんです。

 そして雨が降っているのに傘がなくて悩む西方のノートに、相合傘のような記号を高木さんが描くんですが、その時に流れているBGMが穏やかなピアノの音楽でなんか情緒的なんですよね(笑)

 そして「相合傘のようで実は魚の骨でした〜」といういつものからかいで終わるんですけど、そこからオープニング曲を流しながら2人が延々とグリコをする姿を映す。

 ここまで見たところで、正直「この映画凄いな」と思いましたね(笑)

 観ている人の感情をいきなりMAXまで持っていってるんですよ。『からかい上手の高木さん』に求めてるものって、やっぱ西片と高木さんのあのなんともいえない距離感というか、一種のエモさというか。くっつきそうでくっつかない、くすぐったいような感覚だと思うんですよね。それを最初から見事に魅せきっている。

 そしてゴールである神社の前まで来た時なんですけど…マジでこの時声出そうになりましたよ(笑)

 勝った方がゴールできるという状況で、それまでチョキしか出してこなかった西片に対して高木さんがこんな提案をします。

「パーを出して負けたらジュースを奢る。グーで負けたらデコピン」

 そして「チョキで負けたら?」と問う西片に高木さんは言います。

「キスして」

 キ    ス    し    て。

 …いやここはまだいいんですよ(笑)問題はこの後の展開でして。

 そんな事を言われ、混乱したまま結局パーを出した西片は、チョキを出した高木さんに負けます。でまた「からかわれた〜!」ってなるんですけど。

 ちょっと待って下さいよ。

 いかに西片が尻込みするとしても、パーを出す保証なんてどこにもないじゃないですか。グーを出すかもしれない。「デコピンよりジュースの方がマシだ〜!」なんてことも言ってないわけで、パーを出した絶対的な理由はない。

 で、この罰ゲームは高木さんにだって適用されるはずなんすよ。つまり高木さんがグーを出してたらデコピンされていたはずで、そのリスクを覚悟で出してるはずなんですよね。

 何を出したか。

 チョキですよ(笑)

 映画の中では説明も何もなかったんですが、高木さんがあそこでチョキを出した事実ってめちゃくちゃエロくないっすか(笑)グーを出されてたら負けた可能性があって、それを覚悟でチョキを出したわけでしょ?

 そして高木さんがチョキを出したという事実を敢えてフィーチャーしないというのが、作品的な上手さというか、この作品の上品なところですよね。

 あくまで西片と高木さんはプラトニックで、そこから一歩踏み出すとリアルになっちゃう。この危ういバランスの中で作っているわけで、映画版は多分オリジナル展開なんでしょうけど原作で踏み込んでない領域は侵さないわけです。

 ここまで冒頭10分くらいなんですが、ここまではいつもの高木さんシリーズをマシマシにしたような感じ。

 しかしこの映画ってのはそれだけじゃなくて、西片の人間的な成長もちゃんと描いてるんですよね。

 それが『からかい上手の高木さん』を映画にした意味であり、ちゃんと映画になっているポイントでもあると思うんですが。

 まず西方の成長が見られるのが虫送りという街のイベントの日。

 虫送りというのは舞台となってる小豆島で本当にある伝統行事でして、人々が松明を持って山を歩き、虫を海の方へと追いやるというイベント。そのイベントに手伝いとして駆り出された西片は、「妖怪が怖いから山に入りたくない」とグズる幼女をあやすんですが。

 個人的にこの幼女というのは西片自身だと思っていて。要するに妖怪が怖くて山に入れない幼女高木さんとの関係にあと一歩踏み込めない西片とダブらせるように作ったんじゃないかと推測してます。

 西片の優しさを描くシーンとしても機能してますが、それだけにはどうしても思えない。

 というのも幼女とのシーンが終わった後、今度はおじいちゃんと会話するシーンが入るんですよね。でもおじいちゃんは西片の背中を押すような事は言わない。

 これは考えすぎかもしれないんですが、幼女に自分の姿を重ねて背中を押してあげた西片と、いろんな事を経験してただ見守ってくれる存在になったいわば将来の西片みたいな、そういう対比だと思うんですよね。

 でその年最初に見たホタルを好きな人と一緒に見ると永遠に結ばれるという、女の子の間の噂話があって高木さんは虫送りに参加したんですが、結局2人で探してもホタルは見つからず…というところから、仔猫のハナと出会うシーンに行くんですが、ここでも西片の成長が描かれる。

・“悪役”と“絶望”を敢えて描いた映画版

 予告編にもある通り、この映画のメインは西片と高木さんが仔猫を育てるという展開なんですが。 


『からかい上手の高木さん』って実は結構制約のある作品だと思っていて、例えば悪役を出せないとか。

 例えば高木さんを誘惑する悪い男なんてのは出てきませんし、逆に西片を誘惑するような女も出てこない。

 そんなキャラを出すと一気に世界観が壊れてしまいますし、そもそもそんなのが必要ない作品でもある。

 しかし映画版になると話は別で、長尺が故に展開が必要になってくるわけじゃないですか。となると2人の関係に変化をもたらすキャラクターが必要になると。でも悪役は出せない。

 だからその結果出てきたのが仔猫だったと思うんですよね。

 神社で見つけた仔猫の里親を探す事にした2人はハナという名前を付け、可愛がる。この時の動物の描き方がいかにもシンエイ動画らしい、動物の描き方知ってんだろうなって感じで凄く良かったんですがそれはともかく。

 探しているうちにハナを飼いたいと思った高木さんは父親に掛け合って家で飼ってもいいという事に。喜び勇んで近所のペットショップで首輪をもらった2人だったのですが、戻ってきたらハナがどこにもいない。

 探していると、知らない子供達がハナを抱きかかえているのを見つけると。

 でここがめちゃくちゃ残酷なんですけど(笑)西片と高木さんに懐いていたハナは知らない子供達にも普通に懐いてるんですよ(笑)しかもナナって呼ばれていて、普通にミィミィ返事もしてると。

 だからこれって、仔猫だからかもしれないけどハナにとっては誰でも変わらないわけじゃないですか。映画の中で気に登ったハナを西片が助けようとしたり、大雨の日に2人で助けに行くシーンとかあるんですよ(笑)

 にもかかわらずハナは知らない子供の腕の中でナナと呼ばれてミィミィ鳴いている。

 寝取られですよこれ(笑)

『からかい上手の高木さん』ファンの中で一部、西片を寝取られて絶望する高木さんを望む人達がいるじゃないですか(笑)今回あたかもそれをやったような展開になっていて、ハナって実はこの作品では禁じ手の悪役として描かれている側面がある。

 敢えて仔猫を作品の中に入れたのも、高木さんに絶望を与える存在として取り入れた部分が大きいと思うんですよね。

 展開を作るために、高木さんを絶望させるキャラクターが必要。しかしそれを人間にやらせると世界観が崩壊してしまう。だからこその可愛い仔猫だったんだろうと。

 仔猫なら悪役だと気付かれにくいし、そもそもその発想まで至らないというか。やっぱ「仔猫は動物だから仕方ない」って思うじゃないですか。猫に対して怒る奴なんかいませんわね。

 高木さん寝取られ展開オタクも満足で、誰も傷付かないわけです。

 そして仔猫を寝取られた2人は俯きながら街中に貼った里親募集のポスターを剥がして回るわけですが、途中でハナに着けるはずだった首輪を握りしめながら高木さんが泣き出してしまう。

 それを見た西片も泣きそうになるんですが…堪えるんですよ。

 ここが凄いなと思ったポイントですね。

 西片は泣くのを我慢して、笑顔を作って高木さんの手を握り、「高木さんも幸せになる!」と言う。

「高木さんをずっと幸せにする!」と愛の告白をするわけです。

 西片が大人になった瞬間ですね。

 であると同時に、ハナと西片の対比も見せている。つまりハナは、可愛がってくれる人間なら誰でも良かったわけですよ。ハナでもナナでもどっちでも良かったし、高木さんでも名前の知らない子供でもどっちでもいいと。そういう意味で高木さんは選ばれなかったわけですよね。

 一方で西片は高木さんを選んだ。彼女の手を取って、明確に告白したわけじゃないですか。誰でも良かったハナを見せてからの告白シーンなので、「どうせこの映画の中で告白するんだろう」と高を括っていた僕らの予想を裏切らずに、しかし対比させる事で白けさせずに告白シーンに繋げた。

 上手いですよ本当。

 やっぱこの映画って作り方がとにかく上手で、しかもちゃんと映画として成立しているのが凄い。この話をテレビサイズではまずやれないわけじゃないですか。ラスト3話を区切って放送するにしてもそれまでの話と温度差がありすぎて視聴者が混乱しちゃいますし、それにテレビ版とはテイストも違う。

『劇場版からかい上手の高木さん』がテレビ版と決定的に違う点は、テーマ性がある事なんですよね。

・成長しない事も肯定したミナ、ユカリ、サナエ

 この映画の中で西片は大人の階段を登り始め、ついには高木さんに告白するという新たな世界へ挑戦する勇気を手に入れた。

 しかしそれと同時にこの映画は変化しない事の肯定もしていると、僕は思ってるんですね。

『劇場版からかい上手の高木さん』は別々のストーリーが同時進行しています。1つは当然西片と高木さんのストーリーですが、もう1つはミナ、ユカリ、サナエの友情ストーリーです。

 ミナ、ユカリ、サナエの仲良し三人組は1期の頃からずっと準レギュラー的な扱いで登場しているわけですが、映画の中で3人の関係にも小さな変化が訪れます。

 陸上部に所属しているサナエが高校から本格的に部活動に力を入れる為、都会の高校に進学するかもしれないーーそうミナがユカリに話します。

 そしてミナが夏休み中に「3人でみんながやりたい事を100個やろう!」と提案するわけですね。人生最後の中学3年の夏休み、そしてもしかしたら最後になるかもしれない3人の夏休みを最高の思い出にしようと。

 しかし結局サナエは小豆島に残るわけですが…作中でそれを暗示させるようなシーンがある。

 それがこの画像のシーンなんですが。

船に手を振る3人組

 100個のやりたい事をどんどん消化していく3人組なのですが、最後の1個になった時、発案者のミナが「もうやめよう…」と言い出します。

 全部消化してしまったら夏が終わってしまう。3人で一緒にいられる夏が終わってしまうと、そういうわけです。

 その3人の前を、一層の船が通り過ぎます。大型の遊覧船で、右から左に移動しながら乗っている客が3人に「おーい!おーい!」と手を振る。

 右から左というのは、下手から上手へ向かう歌舞伎とか舞台の技法らしいのですが、要するに右から左へ動いていると未来へ向かっているポジティブな表現になる。

 つまりこのシーンは未来へ向かっている船を3人組が見送っているという構図になるわけじゃないですか。

 本来なら3人組はネガティブな表現で描かれるべきところなんですが、ここでもやはり「凄いな」と思って。

 船が通り過ぎながら「おーい!」と3人組に声をかけた時、最初に反応したのはサナエだったんですね。

 右から左へ向かう船に向かって、サナエが「おーい!」と声をかけ返しながら手を振る。つまりは見送っているわけです。

 それを見たユカリ、ミナも手を振って船を見送るわけですが、重要なのはサナエが船を見送った事なんすよ。

『からかい上手の高木さん』のキャラクターが住んでいるのは、小豆島という孤島です。本州に行くには船を使うしかない。

 つまり、サナエが都会の高校に行くにも船を使うしかないわけです。

 その船に乗らずに、サナエは見送った。もちろんこのシーンでは物理的に乗れないんですが(笑)映像の表現として船を見送るサナエを描いた、それも決してネガティブじゃない表現で描いたというのが重要なんです。

 つまりこの映画では、成長する事もしない事も同時に肯定してるんですよ。おったまげましたよ本当(笑)西片と高木さんのストーリーと3人組のストーリーを同時並行で進めながらまったく逆のゴールに導き、どちらも肯定する。

 正直痺れましたよね。

 ただ西片が高木さんに告白できたね良かったねになると思ってたんですよ正直(笑)でも実際に見せられたのはそれ以上の、『からかい上手の高木さん』という枠を超えた複雑なドラマというか。

 みんなが知ってる作品でキャラクターが確立されてるからこそできた事だと思うんですが、本当に見応えのある映画を見せてくれましたね。

 今回はこれで以上となります。最初にも書きましたが僕は今年のアニメ映画の中で現時点の1位だと思いますし、点数にしたら10点満点で9〜9.5ぐらい。普通に高得点でしたね。

 強いて言えば最後キャラクターを泣かせすぎでちょっとウザかったですが(笑)まあそれは許容範囲内ですね。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。今年はこれから『劇場版バクテン!!』とか『すずめの戸締まり』とか個人的に注目している作品が続くので、本格的に始まるのはこれからかなという感じがします。2022のアニメ映画、楽しみです!

 ではまた。

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