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アガサ・クリスティ「春にして君を離れ」

  くなんくなんさんの記事「息をするように本を読む101」で紹介された「春にして君を離れ」を読んだが、なかなか面白かった。クリスティと言えばミステリーだが、この本はミステリーではなく、大半が中年女性の心理描写に費やされている。
  
 1930年代、地方弁護士の夫との間に1男2女に恵まれ、よき妻・よき母であると自負し満足している主人公ジョーン・スカダモアは、結婚してバグダッドにいる末娘(次女)の急病を見舞った帰りの一人旅の途上にある。
 
 荒天が一帯を襲い、交通網は寸断される。列車の来るあてのないまま、砂漠のただなかにあるトルコ国境の駅の鉄道宿泊所(レストハウス)に、旅行者としてはただ一人幾日もとどまることを余儀なくされる。何もすることがなくなった彼女は、自分の来し方を回想する。やがて彼女は、自分の家族や人生についての自分の認識に疑念を抱き、今まで気づかなかった真実に気づく。
 
 自分が、よき妻、よき母と信じていたのは、独りよがりの見栄え、優越感と自己満足であり、本当は夫のためにも子供のためにもならず、それを夫も子供も分かっていたと気がつく。これから夫との関係を改め、新たに自分に正直になろうと、決心するが、実際に帰宅すると自分を変える勇気がしぼみ、元に戻ってしまう。
 
 帰宅後、夫は「君は独りぼっちではない、僕がいるもの」と言うが、心の中では、「君は独りぼっちだ。これからもおそらく。しかし、どうか、君がそれに気づかずにすむように、」と呟く。
 
 
 ジョーンの心理が揺れ、徐々に素直になっていくさまが、丁寧にリアルに描かれ、切迫感もあり、自然と感情移入してしまう。しかし、私から見れば、人間は100か0ではなく、もっと複雑だ。クリスティも分かってはいるが、物語として分かり易く書いたのだろうか・・・・。
 
 余計な事だが・・・・ある意味、亡き我母は主人公のジョーンに似ている。父を盛り立て、姉と私の諸々に細かく介入し、母はそれが正しい妻、母親だと信じて、そのまま亡くなったから、自身にとっては結果オーライだったかもしれない。
 
 何はともあれ、本書を紹介していただいた、くなんくなんさん、有難うございました。


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