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Ep.5-1『痛くない言いたくない』

 昔から、私は愛されたかった。ただただ愛されたかった。どういう形であれ…愛されたかった。
 私、相田こころは、愛されたい願望がとても強い。自覚している。体を重ねた経験は豊富でも、それが長続きしたことはなかった─。

「相田って援交してるってマジ?」

「うわ、ないわ…。」

「私だったらやだなぁ。おじさんに身体売るなんて。」

 くだらなかった。何の根拠もない噂を立てられて避けられることが。寂しい気持ちがないといえば嘘にはなるけど、今更どうでもよかった。
 援助交際なんてしてないっての。別に出会い系をやってる訳でもない。ただ、親がうるさくてお見合いしてるだけ。親には申し訳ないけど、どうも合わない。馬が合わない。
 亭主関白とか何時代だよって話。今は大学生やってるけど普通に就活してるし、結婚しても働く気でいる。
 女は家事してろなんて考え、片鱗でも覗かせたら冷める。そういう奴は嫌いだ。

「相田さん…だよね?今度のグループでのプレゼン、一緒にやってくれないかな…?」
「え。」
「あ、もしかしてもう組んでたりする?」
「…いいえ。」

 話しかけてきた三人組。男二人、女一人のグループだった。
 確か─。

「あと一人が見つかんなくってさ…お願い!」
「オレからもお願い。信じてはもらえないだろうけど、こういうのはしっかりやってるから。単位はちゃんと取るから!」
「ま…まぁ、別に。」

 この人達の噂を思い出すよりも前に、そんな風に頼まれてしまった。私も正直グループを作るのに困っていた訳だし、こうして話しかけてくれるのであれば、仲良くしない手はない。第一印象が大事だって言うじゃない。

「オレは飯田ユウジ。サークルはDJ同好会。よろしく。」
「俺は天海ケイ。サークルはストリートダンス研究会。飯田とはストリート系のなんたらの付き合い。」
「ウチは小井田みく。二人とはストリートの付き合いがある訳じゃないよ。サークルもバイトで忙しくて入ってないし。相田さんもそうだよね?」
「え?うん。サークルは入ってない…。」
「とりあえずウチらとチャットで話せるように連絡先交換しよ。スマホ振るやつの方が気軽だよね。」
「はい…。」

 あまりにも調子のいい感じに気圧されながらも、私はありがたみを覚えていた。理由は、この人達が噂を知っているか否かは差し置いて、こうして話しかけてくれることが嬉しかった。
 もしかしたら「愛されたい」以外にも「仲良くしたい」っていう願望があったのかもしれない。
 こうやって孤立し始めたのは、割と最近のこと。大学に入ってから親が縁談の約束をしたり、色々あった。
 私の意思なんてガン無視だった。親は公務員の誠実な人と結婚して欲しいっていうけど、クソ真面目すぎて相手にならない。収入安定するだけで結婚生活なんて出来ないでしょ。同棲すら無理。

 それから一週間。そろそろグループでの発表の準備も整ってきた。あとはプレゼン資料をまとめて、発表するだけというところまで作業を終えていた。
 飯田も天海も小井田も、チャラチャラしている見た目の割に本当にしっかり事を進めてくれた。むしろ私の方がリードされていた。たまに打ち上げと称して、ファミレスやカフェで食事をしたりしていた。三人とも人が悪い訳ではないし、マナーだって守るような人だったので、一緒にいて嫌な気持ちになることはあまりなかった。
 ただ、誘われたその日に私は三人の噂を思い出してしまった。それ以来ある程度の距離をとっていた訳だけど、なんだか申し訳ない気持ちがあった。

「…こころん?」
「え…あ…何?」

 小井田だった。彼女の噂は、いわゆるコネとも称される裏ルートで大学進学を決めたこと。一緒に作業しているのを見ている限り、実力なのは間違いない。私がそう思っているわけだけど、親御さんが凄い人だからっていうことと小井田の見た目がそんな勘違いを起こしていた。

「大丈夫?最近ちょっとおかしくない?」
「…あぁ、ううん。大したことじゃないから。」
「何かあるなら話しちゃいなよ。」

 そう言われても話し出すだけの勇気が私にはなかった。本人が気にしているかもしれないことに、ツッコむなんてあってはならないと思ってる。

「…もしかして、私がコネ使ってるんじゃないかって噂?」
「…うん。」
「気にしてないから大丈夫。あとの二人も元不良で暴れ倒してたとか少年院に入ってたとか、えげつない噂だけどさ、元を辿ればオシャレしようと髪型変えて染めたりとか、少年院なんて影は何もないね。警察のお世話にはなったことあると思うけど。補導みたいな感じで。」

 思っていた以上に軽く受け流された。気にしていた私が馬鹿みたいだった。

「根拠もない噂は言わせておけばいいんだよ。」
「じゃぁ根拠のある噂はどうするの。」

 私が気にしていた噂は、もう一つあった。コネが嘘というか変な噂なのは端から分かっていた。私が気にしているのは、そっちじゃない。

「え?根拠のある噂?そんなのあるの?」

 噂といえば嘘にはなる。噂ではない。私がたまたま飯田と天海と出くわした時の話だ。二人はそれぞれ彼女持ちだった。そんな二人にその場の勢いで縁談やらなんやらの話をした時─。

『縁談か。オレとは縁がないな。ケイは?』
『俺も。育ちはいいとよく言われるが、縁談とまでは。』
『だよな。縁談ってどうなんだ?前に昔のテレビ番組の切り抜きみたいなやつで、風呂場で見合いしてたのあったし。』
『流石にそんなのないって。いやまぁ…立派な場所でお見合いすることはあるし、お見合い前は写真とか貰ったりするけど、正直うんざりで。』
『俺が言うのもなんだが、援交とは真逆な環境に身を置いているとつくづく思う。』
『あはは…。』
『にしてもなんで相田はそんなに縁談してんの?』
『…昔から恋人なんてできたことないし、恋愛に興味ないから、親がね。』
『最上級のありがた迷惑だな。』
『あはは…。親も私が恋人作れば安心なのかな…って思ってるけど。』
『あ、じゃぁ小井田がいい助け舟になるかもしれないな。』
『え?そうなの?』
『たまたま見かけたのだが、アイツ、男装カフェでバイトしてるらしくてな。身長も図体も、細身の男くらいとしてはごまかせるだろ。時間稼ぎにでも使えばいいさ。』
『それは申し訳ない…。』
『アイツ、相田と仲良くしたがってるからさ。歪だとは思うかもしれないけど、オレからも頼む。アイツ、高校時代に女子から影口言われてから同性への恐怖があるらしくて。』

 正直嫌われるかもしれないと思った。

「男装カフェでバイトしてるって本当ですか。」
「…あ、え。」
「飯田と天海が言ってました。」
「あっ、あぁ〜。」

 力無い笑顔で、小井田は頬杖をつく。そしてボソボソと話し始めた。

「アイツらがそのこと話すってことは…余程のことがあったってこと?」
「…いや、別に。」

 なんだか心が痛くなった。小井田は私があんなこと言っても、小井田は私の身を案じてくれている。

「…嘘だ。」
「…。」
「あの二人なら私の過去も話してたでしょ。」
「…うん。」
「人の表情読みとって、ある程度は察せるよ。何があったのか言ってみてよ。」
「言えない。」

 ズキズキとした。締め付けられていた。痛い。痛い。言いたくない。言えない。

「ご、ごめん。ごめん。本当に─。」

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