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「異邦人」の訳者、窪田啓作はエリート銀行員でした【ワンとニンゲンの文学ラジオ #3】

こんにちは。人間のニンゲンです。

「ワンとニンゲンの文学ラジオ」第3回では、「異邦人」の翻訳に関する言及がありました。
版によって、翻訳がかなり地味にマイナーチェンジされているという話でしたね。

ですので今回は異邦人の訳者・窪田啓作さんについてちょっと調べてみました。
まだお聴きでない方は通勤通学のお供にぜひどうぞ!

ではいきましょう。

■ 窪田啓作 くぼた けいさく (1920-2011)

① 銀行員仏文学者だった。

仏文学者。で、なんと銀行員でした
今回経歴を調べてびっくりしました。

”大学卒業後、東京銀行に入行。パリ、新橋各支店次長、国際投資部副参事役を経て、1948年欧州東京銀行頭取となる。”

Wikipediaより。

最終経歴が欧州東銀の頭取ですから、相当のエリートだと思われます。

東京帝大時代にはマチネ・ポエティクという文学グループを結成。メンバーは加藤周一中村真一郎福永武彦原條あき子らという錚々たる顔ぶれで、日本語でソネット等の西洋定型詩を作る活動をしていました。

東京銀行に入行後の経歴は、同じ東銀の後輩である川本卓史さんのブログに詳しいです。

銀行勤務、しかも相当優秀だったという当時の窪田啓作は、かなりの激務の中にいたと察するんですが、その傍らでフランス文学の翻訳も行っていた。文学活動は40代のころまでで終了したようです。それにしてもバイタリティがすごい。
「異邦人」以外にもカミュの仕事が多いようですね。

② 翻訳の仕事。

「転落」は一編の中編小説、「追放と王国」は短編集という位置づけで、いずれも後期カミュの著作です。
窪田啓作は「追放と王国」の翻訳を担当しています。

痩せた蠅がが一匹、窓ガラスは明けっぱなしのバスのなかを、ひとしきり、飛びまわっていた。妙に、疲れ切った飛び方で、音もなく、行ったり来たりする。ジャニーヌはその姿を見失った。が、まもなく、夫の動かぬ手の上にとまるのを見た。寒かった。砂まじりの風が吹きつけてきて窓ガラスに軋るたびに、蠅は慄えていた。

大久保俊彦、窪田啓作 訳「転落・追放と王国」(新潮文庫)より「不貞」。

「追放と王国」から短編「不貞」の冒頭です。これ、すごいですね。流石はカミュ、流石は窪田啓作といった感じです。
織物商人の夫婦が、商売のためにサハラ砂漠の高原をバスで移動しているシーンです。蠅の動きを通じてバスの乾いた空間が見えてきて、夫婦の関係性とリンクするような冷えた空気を肌に感じます。

窪田啓作の翻訳はこのように非常に簡潔で、主語も可能な限り省略されており、カミュの持ち味である描写の鮮烈さを殺さず伝えてくれます。おそらくカミュ自身も簡潔な文体の持ち主であると思うのですが、窪田啓作はそれを洗練された日本語の文章に昇華しています。

こちらは稀覯本でけっこうな値段がついていますね。ジュリアン・グリーン「幻を追う人」も訳されています。
こちらはマチネ・ポエティク時代の同志、福永武彦との共訳です。

ジョシュア・グリーンは全然詳しくないのですが、翻訳の仕事としては気になるので古書店等で見かけたらぜひ手に取ってみたいですね。

今回はここまで。
しかし銀行員にして文学者とは、相当な不条理を体験していそうな方です。ラジオ本編もぜひよろしくお願い致します。

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それでは。

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