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【小説】デズモンドランドの秘密⑱

前回はこちら。

 修治は、ゴーストが「帰りは一人でもどるんだよ」と大義そうにいった意味が分かってきました。
(人がいない)
 歩いても歩いても、なかなか人とめぐり会いません。始めは洗濯部屋にもどれるように気をつけながら探索していましたが、らちがあかないのでやみくもに進むことにしました。ところどころに鉄の扉がありましたが、どれも開きませんでした。
「貴様はそこで何をしている」
 後ろから声がしました。
 ふり向くと、そこには黒装束を羽織った大柄の男性がいました。ひげは白くて長く、半月めがねの奥の目は冷たく光っていて、いかにも悪い魔法使いという感じです。
「独房にもどりたいんです。ゴーストにおき去りにされてしまって」
 あらぬ疑いをかけられる前に、修治は説明しました。
「あいつか」
 魔法使いは舌打ちすると、修治に枯れ木のような人差し指を突きつけました。
「ここからは左右右左、直進左、階段をおりて、右左、右左右だ。さっさといけ」
「一気にいわれても――案内してくれますか?」
「貴様は覚えている」
 そういわれると、何だか覚えたような気になってきました。
「左右右左、直進左、階段おりて、右左、右左右ですね」
「合っているからさっさと失せろ」

修治は、例の黒い魔法使いに教わった通りに通路を進んでいきます。
 復唱しなくても道順を覚えていました。何か魔法をかけられたのかもしれません。
 修治は少し不安になってきました。
 ここにいるのは不気味な知らないキャラクターばかりです。デズモンド作品のキャラクターが実在している時点でおかしな話ですが、今は「なるべく早く知ってるキャラクターを見つけたい」と思っていました。今のところ、自分はここではあまり歓迎されていません。でも、知っているキャラクターならある程度は自分の味方になってくれそうな気がしました(現に、最初に会ったザックやブルーヒーローに敵意はなさそうでした)。
 魔法使いのいう通りに進んでも、そこには今までと変わりない廊下が続いているだけでした。だけど修治の目は、扉にチョークのようなもので書かれた「SYUJI  SAEKI」の字を見逃しませんでした。他の扉にもチョークで名前が書かれています。
 自分の名前の扉を開けてみると、まさにさっき自分が入っていた鳥かごがありました。
(いや、待てよ)
 静かに扉を閉めます。
(誰もいないし、他の部屋も見てみよう。もし俺たちの世界の人が捕まってたら協力できそうだし)
 修治はとなりの部屋の扉に目をやりました。「LUCY」と書かれています。
(英語で意思疎通がはかれるかな)
 ノックをしてからゆっくりと開きます。
 部屋の造りは修治の独房と同じで、中央には鳥かごがありました。
 鳥かごの中にいるのは、一〇代後半と思われる、長くうねる金髪をした白人女性でした。うす緑色をしたフリルだらけのドレスが、陰鬱な雰囲気の独房でとても浮いています。幼さの残った白い顔をほのかに紅潮させて、くすくすくすくす笑っていました。
「ルーシーさんですか?」
「そうよ、シュウジさん」
「俺の名前、知ってるんですか?」
「もちろん、知ってるからいえるの」
 ルーシーは左手を前に突きだしました。
 何だろうと思っていると、後ろから青い小鳥が飛んできてルーシーの人差し指にとまりました。
「鳥さんが教えてくれたもの」
「そうですか。俺は、日本のデズモンドランドで捕まってここに連れてこられたんです。ルーシーさんはデズモンド作品のキャラクターですか? どうしてここに捕まっているんですか?」
「捕まるだとか、そういうのはささいなこと」
 ルーシーは小鳥のくちばしを右手の人差し指でなでました。
「あなたは何のために生きるの?」
 突然訊かれて返事に困っていると、ルーシーは「どうして生きているのか分からないなんて、かわいそうな人ね」とため息をつきました。
「そんなことより、ここから脱出する方法を知りませんか? よかったら協力しましょう」
 ルーシーは少しだけ目を見開いて、首を傾げました。
「おかしな人。いいの、あたしにそんなこといって?」
「どういうことですか?」
「あたしが連中と仲よしだったらどうするのかなって、そう思っただけ」
突然まともなことをいわれて、どきりとしました。
「連中っていうのはあのゴーストとかのことですか? ルーシーさんがゴーストの仲間だったらこんなところに――」
「分からないわよ、好きで閉じこめられてる人もいるかもしれないし」
「少なくとも俺はここから逃げたいです。ルーシーさんはどうですか?」
「あたしは、そんなことに興味がないの」
 ルーシーの手から小鳥が飛びたちました。小鳥は修治の横をすり抜け、閉まっているはずのドアの隙間をぬるりと通り抜けて部屋を出ていきます。
「あなたはなぜここから逃げたいの? 不自由だからでしょう? あたしは自由だから、ここから出るとか、そういうのに興味はないの」
 ルーシーが両手をかかげると、今度は背後から二匹の青い蝶が出てきました。蝶も、お互いもつれるようにして扉の隙間から出ていきます。
「あたしが好きなのは素敵なお話。鳥さんやちょうちょさんはあたしの目であり耳なの。鳥さんやちょうちょさんは世界中を飛び回って、素敵なお話を持ち帰ってきて聞かせてくれるの。あたしは素敵なお話が大好物。あたしの鳥さんやちょうちょさんをとめることなんて誰にもできない。あたしはこの世界のどこでも知れるし、知ることが楽しいの。この素敵な生活に何の不満があって?」
「自分の目で見たいとか、思わないんですか?」
 面倒に思いながらも、人のことを放っておけないのが修治の弱いところです。
「いいえ、思わないわ。見るより素敵なお話を聞く方が好きだもの。素敵なものを見たらそれはそれでおしまいだけど、素敵なお話の素敵さは想像力の続く限り無限大でしょう?」
「でも閉じこめられているんですよ?」
「閉じこめられてる――誰が?」
「ルーシーさんがです」
「あたしが?」
 修治は、これ以上話が進まないようなら今日はあきらめようと思いました。
「あなたは哲学者さんみたいに難しいことをいうのね。あたしくらい頭がよくなければ分からなかったわ。確かにあたしの肉体はここから出られない、でもそんなのささいなことよ。あたしは動く気がないから。それにこんな鳥かごじゃ鳥さんやちょうちょさんは閉じこめられないわ。小鳥さんやちょうちょさんが自由な限りあたしは世界のどこでもいけるの。世界があたしを閉じこめてるんじゃなくてあたしが世界を抱えて好きに見ているだけなの」
「ルーシーさんはここから出る気はないんですね?」
「ここから出られても出る気はないし、あたしはそもそも閉じこめられていないの。だって鳥さんやちょうちょさんはあたしの目であり耳だから。あたしは彼らの話を聞いて想像の世界でどこへでもいけるの」
「分かりました、ありがとうございます」
 ルーシーに協力してもらうのは後回しにすることにしました。誰もいないのを確認してから廊下に出ます。
 隣の扉に目をやると、そこには「MARY」と書かれていました。
(メアリー?)
 デズモンド作品にはメアリーというキャラクターが複数います。そのうちの誰かがいるのかもしれません。あるいは、自分たちの世界のメアリーという女性かもしれません。
(正直、またルーシーさんみたいな人だったら疲れるな)
 でも、他の独房をのぞけるチャンス――つまり、味方を作れるチャンスがまたやってくるとは限りません。
 修治はノックをしてから扉を開けます。
 独房の中の鳥かごにいたのは、白い小さなネズミでした。うすいピンクいろのふわふわしたコートを羽織っています。
(よし、きた!)
 修治は白いねずみのメアリーに見覚えがありました。デズモンド作品の中でも有名な『メアリーの旅』の主人公です。
「誰か知らないけど、私が閉じこめられてるのがそんなにうれしいの?」
 メアリーの目は冷ややかでした。
「すいません、やっと知ってる人を見つけたから――『メアリーの旅』のメアリーさんですよね?」
「ええ。あなたはここにさらわれてきたってわけ?」
「そうです。メアリーさんはどうしてこんなところにいるんですか?」
「どうしてもこうしてもないわよ」
 メアリーは肩をすくめ、はき捨てるようにいいました。
「連中の逆鱗に触れた、それだけよ」
「何かしたんですか?」
「したのは連中の方。私はとめようとしただけ。あなた、誰かからこの国の現状は聞いた?」
「『デズモンドのキャラクターが実在していることを知ったら誘拐される』って話ですか?」
「それじゃなくて、連中がこの世界を――まあいいわ、あなたの話を聞かせてもらうのが先ね。あなたはどうしたいの?」
「ここから逃げて帰りたい、それだけです。ゴーストたちは『その時がくれば働いてもらうし、それが終われば帰す』っていってたんですけど、信用できないんです」
「信用しないのは賢明ね」
 メアリーは深くうなずきました。
「でも、残念だけど今の私はあなたと手を組んでも何もできないわ。私は昔映画の中で数々のピンチを乗り越えてきた。でもそれは映画の補正がかかっているからだと私は思ってる。大体、私が知ってるのは『自分が過去にこういった大冒険をした』って記憶だけで、実際に冒険したわけじゃないのよ。だって私たちは『映画のエンディングが終わった直後』っていう設定でこの世界に生まれてくるんだから。わけ分からなかったらスルーしてもいいわ、説明するの面倒臭いし」
「分かりました、スルーします。メアリーさんはここから逃げる気はないんですか?」
「逃げられればとっくに逃げてるわ」
 後ろ向きな内容のわりには、あっけからんとした口調でした。
「ところであなた、他の独房にいけるのよね? 他に、捕まってる人はいた?」
「となりの部屋にルーシーさんって人がいました」
「他には?」
「ルーシーさんだけです」
「ああ、あの子ね」
 メアリーは前足で頭を抱えました。
「ルーシーさんだと、何かまずいんですか?」
「まずいも何も、あなたルーシーと会話できた?」
「いいえ」
 メアリーは「ふん」と黒いとがった鼻をならしました。
「いや、ちょっと待って」
 メアリーは修治の方に向き直ると、鳥かごの鉄格子をつかみました。
「あなたは自由に動ける――つまりルーシーと話せるのよね? これはチャンスなのかしら、でも――」
 メアリーは一人でぶつぶつつぶやきながら、鳥かごの中を歩き回ります。
「これはかけるしかないわね。あなた、ルーシーに伝言を頼まれてくれない? タヴァスあてに『メアリーが連中の城に捕まってる』って送るように伝えてよ」
「その前に訊きたいことがあります」
 修治は手をあげました。
「俺はさらわれてすぐ、この世界のことなんかほとんど分からない状態でここに閉じこめられたんです。始めは『ただデズモンドのキャラクターが実在するってことを知った人を一時的に捕らえて、都合の悪い部分の記憶を消すだけ』って思ってたら、何か他にもいろいろあるみたいじゃないですか。例えば有名人のメアリーさんがこんなところで見たこともないようなキャラクターに捕まってたりとか、どう考えてもおかしいじゃないですか」
「私の頼みを聞く代わりに、この世界で何が起こっているか教えろってこと? 確かにそれは気になるわよね」
 メアリーはうなずきました。
「さっき、どうして私がそれについて説明するのを面倒臭がったか分かる?」
「口どめでもされてるんですか?」
「違うわ、本当に面倒臭かったの。だって長い話だし、せっかく教えても最後は『都合の悪い記憶』として消されてしまうもの。忘れるって分かってるのに話すなんてむだだわ」
「もし俺がここから逃げられたら、忘れずに元の世界にもどれるかもしれませんよ? それに、この世界の実情も知らずに協力なんてできません」
「男のくせに細かいことに面倒臭い人ね。あなた、友だちいないでしょ?」
 メアリーは肩をすくめたあと、語りだしました。
「まず連中って呼ばれる人と私たちの違いについてだけど――」

「――だからこの世界は連中、つまり過去の作品の人たちに支配されていて、連中はこの世界の掌握をねらってるの。そして、連中が暴走する原因は悪意のあるキャラクターにあるのよ」
 メアリーは、長い時間をかけて世界の実情を話し終えました。
「じゃあ俺は、玉座のある世界に連れていかれて、玉座を探す仕事をさせられるんですね?」
「その通り。それに、さっきもいったけど、連中は方針を変えたの。見つけるまでデズモンドワールドの住人は帰さないっていうふうに」
「俺は玉座を見つけるまで帰れないし、玉座が見つかったらこの世界は連中とやらの思いのままになってしまうってことですね。じゃあ、俺はメアリーさんたちと協力して、連中からこの国を完全に奪い返せばいいんですよね? そうすれば俺も帰れるから」
「本気でいってるの?」
 メアリーは、この事態を再確認させるようにゆっくりと訊ねました。
「あなたにそんな余裕があるの? 知らない世界にきて監禁されて、よく他の人のことかまってられるわね」
「余裕なんてないです。ただ、俺だけ逃げて、はいおしまいってわけにいかないでしょう。どうせ逃げきっても他の人が捕まるだけですし」
「あなたはものすごく勇敢なのか、あるいはものすごくお節介なのね」
 メアリーは皮肉っぽくいいました。
「たぶん俺は、お節介なんだと思います」
 修治は、いじめられっ子たちをついつい助けてしまったことを思いだしました。
「でも、あなたが人の事情に首を突っこむのが大好きなお節介男なら都合がいいわ。さっそく私に頼まれてよ」
 メアリーは声をひそめました。
「さっきもいったけど、ルーシーは、鳥や蝶を使って外部と連絡が取れるはずよ。彼女に、タヴァスあてに『メアリーが連中の城に捕らえられてる』って伝えるようにいってきて」
「タヴァスさんって、『メアリーの旅』に出てくるあのカンガルーネズミですか?」
「そうよ。私とタヴァスはね、連中のたくらみを調べて妨害してるの。いや、私たちだけじゃない。名前は出せないけど、複数の作品のキャラクターが連合を組んで裏で連中を邪魔してる。私がここにいるってタヴァスに伝えさえすれば、あとの面倒な手はずは、あっちが何とかしてくれるはずよ。あと、本当にルーシーに頼んでいいかどうかも確認してちょうだい」
「確認?」
「あなたは、ルーシーを信用してもいいと思う?」
「分からないです。あの人を知らないから」
「そうでしょうね。ルーシーは、一九五〇年代のお蔵入り作品出身なの。あなたの世界で知ってる人がいたら、関係者か、よっぽどのマニアでしょうね。そういう作品のキャラクターっていうのは、私たちみたいなメジャー作品のキャラクターに反感を持ってることが多いの。でもルーシーは私たちに敵意を抱いてない――っていうかどっちの味方もしないの。ただ、彼女はこの世界を滅ぼしかねない恐ろしい力を持ってる。野放しにしておくと大変だから、連中がずっと拘束してるの。それだけならまだいいんだけど、あの子自分で考えるおつむがないから連中に利用されてるのよ。でも、逆にいえばそれは、私たちも彼女の力を使えるってことよ。ルーシーと話して、私たちの味方にできうるか調べてきて。もし信頼できそうなら、タヴァスあてにさっきの話を伝えるように頼んできてちょうだい」
「なかなか難しそうですね」
「難しいでしょうね。でも、お願いするわ」
 そういうとメアリーは「しっしっ」と追い払うように手をふりました。
よし、やるぞと思って部屋を出ると、そこにはゴーストがいました。
「親睦を深めるのはいいけど、あまり勝手に歩き回っちゃだめだよ」
満面の笑みで注意された修治は、だまってうなずくしかありませんでした。従うつもりはありませんでしたが、一度時間をおいた方がいいようです。


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