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【小説】デズモンドランドの秘密⑲

※前回はこちら。 


 翌日の朝早く、修治はルーシーを訪ねました。幸い、廊下でゴーストに出くわすことはありませんでした。
彼女はまるで芝生の上にでもいるかのようにうつぶせで寝転がって、人差し指にとまっている小鳥に笑いかけているところでした。こちらに気づく様子はありません。
「そう、それじゃあみんなは勝負に出たってことなのね。みんなが苦しむのは嫌な気分だわ。苦しむのはあたしじゃないけど、他の人が苦しいとあたしもかわいそうな気持ちになるわ。あたしって何てかわいそうなのかしら」
「ルーシーさん」
 少し大きな声で呼びかけると、ルーシーはゆっくりと体を起こしました。
「あら、修治さん。よかったらお茶でもどう?」
「結構です――あるんですか、お茶なんか」
「ないけど、つれない方ね。お茶くらいつき合ってくれても罰はあたらないと思うの」
 ルーシーは小鳥のくちばしにキスをしました。
「でもお茶するのは自由なはずよ。お茶会を断られても」
(これは手強そうだな)
 これ以上かみ合わなくなる前に、本題に移ることにしました。
「単刀直入に訊きます。ルーシーさんはこの国の現状をどう思っていますか?」
「それは、一部のキャラクターがこの世界を牛耳ってることについて訊いてるの?」
「そうです」
 会話がつながったので、少しほっとしました。
「ルーシーさんは、よくないことだと思いませんか?」
「悲しいことね。でも、そんな時でもはるか向こうのお花畑ではちょうちょさんが舞って、小鳥さんが歌っているの。そこに思いをはせることが大切なのよ」
「それもいいかもしれないですけど、俺たちはそういうわけにはいかないんです。この世界を変えてやろうとか、そういう気持ちはないんですか?」
「ないわ。世界を変えるのは大変だけど、自分が変われば世界が変わって見えるから、それが一番いいと思うの。ただ、それができないあなたたちはかわいそうだと思う。それで、その話は誰から訊いたの? もしかして、誰かが連中に捕まってて、その人から訊いたの?」
「メアリーさんから聞きました。連中がデズモンドランドからさらってきた人を使って玉座探しをさせてる話も」
「メアリーはしゃべりすぎだけど、あなたもしゃべりすぎよ。あたしがあなたの敵と仲よしだったらどうするつもりだったの?」
 修治ははっとしてルーシーの顔を見ました。相変わらず、焦点の定まっていない、夢でも見ているかのような目でほほえんでいます。
「さっきの話にもどさせてください。ルーシーさんは連中の仲間なんですか?」
「もしそうだとしても、あたしは正直にいわないと思うわ」
 もちろん、修治はルーシーが正直にいってくれるとは思っていません。ゆさぶりをかけつつ反応を見て、ルーシーが演技をしているのか、それとも本当にただの「独特な」人なのか見極めようとしただけです。
「それはそれとして、ルーシーさんを信用して頼みたいことがあるんです」
「すぐ人を信用する人は信用できない人だと思うの」
 ルーシーがさえぎるようにいいました。
「あたしの目には、あなたはデズモンドワールドのアジア系の少年に見えるわ。ひょっとしたら違うかもしれないし、あたしにそう見えてるだけかもしれない。だけどもし他の誰かが違うといってもあたしは信じないわ。だってそう見えるもの」
「それで合ってますよ。俺はデズモンドワールド出身の日本出身です」
「分かった、分かったわ。あなたがそこまでいうのならそうなのでしょうね」
 ルーシーは、なぜか少し面倒臭そうに答えました。
「それと、あなたはもう少し慎重になった方がいいと思うの。ほら見て、あなたの後ろ」
 ふり返っても、そこには何もいませんでした。
「誰もいませんよ」
「そうよ、誰もいないの。大切なのは、そういうふうにすぐ人を信用しないってこと。あなたの世界はあなたのものなの。自分の気持ち一つで世界は変わるのよ」
(わけの分からない人だけど、悪い人ではなさそうだ)
 修治は結論づけました。
「もういいです。俺は、ルーシーさんが悪い人じゃないって信じているので、大切なことを頼みたいと思います。お願いしてもいいですか?」
「あたしができることならね」
 ルーシーは体育座りして、体を前後にゆらし始めました。
「これから頼むことは、連中に絶対にいわないでください、約束できますか?」
「あたしのことを信じているならそんなこと確認しないはずよ」
 ルーシーは少し不満げな顔をします。
「その通りです、すいません。タヴァスさんに伝言をお願いできますか? 小鳥か蝶を使って『メアリーが連中の城に捕まっている』って伝えてほしいんです」
 ルーシーが指にとまっている小鳥に息をふきかけると、小鳥は修治の横をすり抜け、扉の隙間を抜けて出ていきました。
「もしタヴァスさんに伝わったら」
 ルーシーは天井を見つめながらいいました。
「ここでひと騒ぎ起こりそうね」
「ひと騒ぎっていうのは、タヴァスがここに助けにくることをいっているんですか?」
 ルーシーはうなずきました。何だかんだ意思疎通ができてほっとしました。

修治は、ルーシーに伝言を頼んだことをメアリーに伝えました。
「思ったより手ごわかったけど、悪意はなさそうでした」
「ルーシーを信用したあなたを信用しておくわ。私はルーシーのところにいけないから」
 そういいながらも、メアリーは少し不安げでした。
背後で扉の開く音がします。
「そうやって、どこでもすぐ話せる仲間ができる人ってのはうらやましいよ」
 ゴーストでした。
「何?」
 修治とメアリーはゴーストをにらみ返します。
「そこまで仲間外れにされると何だか悲しいね。ただ事務的な用事できただけだよ」
 そういうと、修治を指差しました。
「修治君に用事があってね。君がルーシーちゃんの部屋から出てメアリーちゃんの部屋にいくのを見て、だからここにきたんだ。君はあっちこっちほっつき回りすぎだよ」
 ゴーストは探るように修治の顔をのぞきこみ、ほほえみました。
「世間話してただけだ。ここじゃそれくらいしか娯楽がないから」
 そういってやると、ゴーストは「遊ぶところじゃないからね」と苦笑しました。
「そんなことより修治君。君にやってもらいたい仕事があるんだ。今からね」
 修治とメアリーは顔を見合わせました。
「メアリーちゃん、何か仕事に関して話した?」
「いいえ」
 メアリーは顔をしかめて答えました。
「どっちでもいいけどね、どうせ帰る時に全部忘れてもらうんだから」

「修治君さ、これに見覚えないかな?」
 メアリーの部屋から出ると、ゴーストはどこからか(本当にどこから出したのか分かりませんでした)うすい水色の上着を取り出しました。
「女ものだろ、俺のじゃない」
「分かんないの?」
 ゴーストはこれ見よがしにひらひらふってみせます。
「いや、本当に分からない」
「正直、君にはちょっとがっかりしたよ」
 ゴーストはつまらなそうにため息をつきました。
「あっちはあんなに君のことを探してたのにね。彼女に対する愛が欠けてるんじゃない?」
「まさか」
 ようやく気がつきました。背筋が寒くなります。
「藤山に何をした」
「その顔を見たかったよ」
 奪い返そうとするより先に、ゴーストは上着を投げてよこしました。
「君の彼女がね、ここの世界に今いるんだよ」
「彼女じゃない」
 そう前おきしてから、
「何で藤山を誘拐したんだ? 俺と同じで、見てはいけないものを見たのか?」
「そうだね」
 ゴーストはそういったあと、不思議そうに首を傾げました。
「あれ、彼女じゃなかったの?」
「友だちだ」
 修治としては、彼女が友だちと思ってくれているかどうかさえ分かりませんでした。ここ最近きつくあたってしまっていたので、ただの「いじめっ子」としか見られていないかもしれません。
「そんなことより、藤山は無事なのか?」
「どうだろうね? とぼけてるわけじゃないよ、本当に知らないんだ。ぼくたちの手から逃げだして、行方不明ってわけ」
「行方不明って」
 目の前がすうっと暗くなる気がしました。
「お馬鹿だよね、大人しくぼくたちに捕まっておいた方が安全なのに。でもね、これも全部君のせいなんだよ」
 ゴーストは修治の持っている上着に手を伸ばしました。
「俺の?」
 修治は流花の上着を背後に隠します。
「かわいそうな流花ちゃんはね、君を捜してるんだよ。君がいなくなって、流花ちゃんは悲しんだ。そして、自力で『デズモンドランドがあやしい』ってとこまで突きとめたんだ」
 信じられませんでした。
「藤山が俺を捜して、結果この世界にさらわれてきたってことか?」
「泣かせるよね」
 ゴーストはハンカチを取り出すと、わざとらしく目元をぬぐいました。
 ショックを受けると同時に、ほんの少しですが、流花が自分のことを心配して行動を起こしてくれたことをうれしく思いました。
「さてと、修治君はどうしたい?」
「決まってる、藤山を探して見つけるんだ」
「君がいうことを聞いてくれたら、保護して送り返してあげてもいいんだけどね」
 ゴーストのいうことは、とてもじゃないけど信用できませんでした。でも、流花を盾に取られると逆らうわけにもいきません。
「分かった、俺は玉座を探すから、お前たちは流花を探して保護してくれ」
 当然、本気で玉座を探す気はありませんでした。
「本当に君は真面目に探してくれるのかな?」
 ゴーストは見透かしたように訊ねました。
「それはお互いさまだろ」
「まあいいよ。君を信じてあげる」
 ゴーストは無邪気に笑いました。
「君も流花ちゃんもぼくたちの力なしじゃ、この世界から逃げられないしね」

 迷路のような廊下をずっと歩き続け、ひょっとしたらぐるぐる回っているだけなんじゃないかと思い始めたころに、目の前に今までとは違う両開きの扉が現れました。
 ゴーストは扉を押し開くと、先にいくように手で示します。
「ぼくはここまでだ。あとは仲間に任せてるから指示に従って」
「仲間?」
 突然石が飛んできて、扉にあたって大きな音をたてました。
「やいクソガキ、いつまで待たせやがる! さっさと乗れ!」
 ヤマが、ぼろぼろの軍用トラックに乗ってさけんでいました。
 敵意をむきだしにしてくるぶんゴーストよりつき合いやすいな、と修治は思いました。

 車の乗り心地はとにかくひどいものでした。発進してすぐ、修治は飛びあがって天井に頭をぶつけました。よっぽど鉄板がうすいのか、天井が頭の形にへこみました。
「ヤマさんは日本人なんですか?」
 シートベルトをしめながら、修治はヤマに訊ねました(相手がいかにも日本人の中年男性という顔をしているので、自然と敬語になってしまいました)。
 ヤマは何も答えず、ただハンドルをにぎりしめて運転に集中していました。
「日本の軍人っぽいですよね。でも俺、ヤマが出てくる作品を知らないんですよ」
 シートベルトのとめ金が壊れているようなので、修治はあきらめてシートベルトで体をしばって固定しました。
 修治はヤマの顔を見て、話しかけるのをやめることにします。
(これ以上何かいったらキレる顔だ、これは)

 トラックが急停止しました。
 体をシートベルトでしばりつけていた修治は、何とか車外に放り出されずにすみました。
「いつまで席でふんぞり返ってやがる、早くおりやがれってんだ!」
 フロントガラスを突き破って外に放り出されたヤマが、軍帽を拾って立ちあがり、車のドアを開けて修治を引きずり出しました(車から飛び出したのにぴんぴんしているのは、さすがアニメのキャラクターといった感じです)。
 車から出た修治の目に飛びこんできたのは、何もない荒地に立つ一体の銅像でした。土台は苔むした石垣でできていて、鉄の扉がついています。
「てめえがやんのは、この中で玉座を探すってことだけだ! 三日後にここにもどすからそれまでに見つけな! もし見つけたらそこから動くな!」
 ヤマはそういうと、トラックの荷台から黄土色のナップサックを出して、修治に投げてよこしました。
「食料と水だ。あと中に入っているリングを手首にまいとけ! それをしていないと三日後にもどれないからそのつもりでいるんだな!」
 ナップサックを開けると、中には缶づめが二つと丸い水筒、そしてさびかかった輪っかが入っていました。
(これだけの食べ物で足りるのか?)
 不安はありますが、いくしかありませんでした。

『幻の王国』
 あらすじ
 ルーシーは空想好きな女の子。今日も一人で花畑にいき、楽しそうにしゃべっていた。誰としゃべってるのかと訊ねる母親に、ルーシーはいった。「ちょうちょさんと話してたの。私はお姫様で、あの二匹のちょうちょさん、それにあそこにいる小鳥さんはあたしの家来なの。ちょうちょさんは右大臣と左大臣で、鳥さんは親衛隊長なの」。家族は始め、子どものごっこ遊びだと思い気にしなかった。だがやがて、ルーシーが人間の友だちを作らず、朝から晩まで花畑にいるのを心配するようになった。家族は外出を禁じたが、気がつくと家の中に青い小鳥や青いちょうちょがいたり、床から花が生えるようになった。「娘は悪魔にでも取りつかれているのでは」と恐れをなした家族は、ルーシーに寝室から出ないように命じた。ルーシーはくすくす笑いながらそれに従った。悪魔ばらいがやってきてルーシーを見たが、悪魔ばらいは「悪魔などいないので私にはどうにもできない」といった。当事者のルーシーは本当に楽しそうに、鳥やちょうちょをはべらせくすくす笑っていた。ある晩、母親がルーシーの部屋に夕食を届けようとしたところ、戸が開かなくなっていた。ただならぬ気配を感じて戸を壊すと、部屋の中は一面花畑になっていた。壁にはヤドリギがはい回り、青い小鳥やちょうちょが飛び回っている。その部屋の中央でルーシーは死んでいた。木のツルが亡骸を押しあげ、まるで玉座にすわっているようだった。彼女の体には細かいツルがまきつき、遠目から見ると黄緑色をしたフリルだらけのドレスをまとっているようだった。その話は村中に広まり、「あの家には悪魔が取りついている」とうわさになった。元々小さな過疎化した村だったので、恐れた人々が次々と出ていき、廃村になってしまった。今でもその廃村は残っている。花畑におおわれているその村に、一際草木におおわれた家がある。その家の中では青いちょうちょが舞い、青い小鳥が巣を作っている。その家の一番奥には、黄緑色のドレスを着たお姫様が座っていて、いつもくすくす笑っているそうだ。
 解説
 1954年、24分。短いデズモンド映画と一緒に上映して時間を稼ぐために作られたが、完成後にお蔵入りとなった。理由に関しては「ストーリーや一部描写が人によっては不快感をもよおすから」「幼い子どもの死体を美しく描写しようとしている点がデズモンド映画のイメージを損ねるから」「モデルとなった実在の事件の遺族から抗議があったから」など様々な説があるが、デズモンド社は今日まで正式な回答をしていない。今もデズモンド本社にフィルムが保管されているが、一般には公開されていない(ちなみに筆者は、一二年前に一度、アメリカの本社に出向き閲覧させていただいた。銀行の金庫みたいなところに厳重に保管されていておどろいた)。往年のデズモンド作品特有の、薬物を摂取した時の幻覚のような描写が多く見られ、今見てもその美しさに遜色はない。ルーシーの歌も美しく、幻想的なファンタジーに仕上がっている。確かに評価の分かれる作品かもしれないが、純粋に映像作品として見れば名作だと私は思うし、デズモンド作品を研究している人々の中でも一定の評価はえている。一般に公開する価値のある作品であるとは思うのだが残念なことである。

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