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【妄想脚本】古畑任三郎 vs UMA研究家(4/4)

ホテル・平澤の部屋(夜)

平澤、ソファに腰掛けぼうっとしている。
そこに、インターホンが鳴る。
平澤、インターホンに出る。
平澤「(スペイン語で)はい」
古畑「古畑です」
平澤、げんなりした表情。 
平澤「どうされました」
古畑「お休みのところすみません。ちょっとよろしいですか。ご報告がございまして」
平澤、不審に思いながらもドアを開けてやる。
古畑「何度も申し訳ございません」
平澤「どうぞ(と中へ促す)」
古畑「失礼いたします」
平澤、古畑にソファに座るように促す。
平澤「報告というのは」
古畑、ソファに腰を下ろしながら、
古畑「実はですね、今泉なんですけども」
平澤「彼が何か」
平澤もソファに腰を下ろす。
古畑「結局見つけられなかったようです、チュパカブラ」
平澤、やや呆れて、
平澤「そうですか。まあそんな簡単には」
古畑「そうですよね」
平澤「古畑さん、お話はそれで終わりですか。私明日もあるもので」
古畑、少し間を置いて、
古畑「そろそろ本当のことをお聞かせいただけませんか」
平澤「本当のこととは」
古畑「あなた夕方、この部屋を空けられましたね」
平澤「……」
古畑「ずっとこちらにいたとおっしゃっていましたが、そんなはずは」
平澤「ここでテレビ用の原稿を書いていました」
古畑「一歩も外に出られてないと」
平澤「警察が訪ねてくるまでは一歩も。古畑さん、何がおっしゃりたいんですか」
古畑「実はですね、夕方このホテルで、空き巣があったようでして」
平澤「……」
古畑「この部屋の隣の部屋のご婦人らしいんですけど、部屋に置いていた財布を盗まれたらしいんです」
平澤「……」
古畑「ご婦人、すぐにホテルのスタッフの方に連絡したとのことで、まあ結局財布は見つかっていないらしいのですが……どうやら同じような事件がここのところ何件も起こっているそうで。ご存じでした」
平澤「それは知ってます。さっきもお話したでしょう、最近このあたりも特に物騒になってきていると」
古畑「それでスタッフのみなさん、各部屋を訪ねて、注意を呼びかけられたらしいんです、夕方。当然、この部屋も訪ねられたそうで。ところがですね、何回かインターホンを鳴らしたにも関わらず、何も反応がなかったと。だからスタッフの方、チラシだけドアの下から滑り込ませて帰られたそうなんです」
平澤「……」
古畑「ずっとこちらにいらっしゃったのであれば、どうしてお気づきにならなかったんですか」
平澤「それは……寝てたんだと思います」
古畑「何度もインターホンを鳴らしたのに反応がなかったと、ホテルの方はおっしゃっています」
平澤「それだけ熟睡していたんでしょう」
古畑、ニヤリと笑う。
平澤「古畑さん、そんなことで私がこの部屋にいなかったということになるんですか」
古畑「いえ、もちろんそうはなりません。スタッフの方が実際にドアを開けて確かめたというのであれば別ですが、さすがにそこまではやらなかったとのことですので」
平澤「では、もうよろしいですか」
古畑「いいえ、よろしくありません」
平澤「……」
古畑「はっきり申し上げます。磯田さんが亡くなった時、あの場所にいらっしゃいましたね」
平澤「僕はずっとここにおりました」
古畑「それは嘘です」
平澤「お話ししたでしょう、僕はあの場所に行ったことがないんです。警察に呼ばれて行くまでは」
古畑「実はですね、今夜もう一件チュパカブラによる家畜襲撃があったそうで」
平澤「話を逸らさないでもらえますか」
古畑「牧場から集落の方に続く農道で、ヤギの死体が発見されました。血を抜かれた形跡もあるとのことで」
平澤、さすがにいらいらして、
平澤「そんな一晩に二件も。いたずらに決まってますよ」
古畑「おや、どうしてそうお思いに」
平澤「だって農道で見つかったんでしょう。あなたのおっしゃるとおりですよ。わざわざ牧場から連れ出すなんてことは、チュパカブラはやらない」
古畑「……」
平澤「まあ、調べてみないと断定はできませんが」
古畑「実は例の向島君、スペイン語を話せる。彼がそのヤギの写真を撮ってきてくれましてね。是非ご覧になってください」
閉口する平澤の前に、写真を広げる古畑。
古畑「どうお考えになりますか」
平澤、まじまじと写真を見て、
平澤「磯田の傍にあった死体と似ていますね」
古畑「どうしてそう思われるんですか」
平澤「だってお尻から血を吸われてますから。磯田の傍にあったのもそうでした」
古畑「間違いございませんか」
平澤「この目で見ましたから」
古畑「ありがとうございます。では、こちらの写真はいかがですか」
古畑、ポケットから別の写真を取り出し、平澤の前に置く。やはりヤギの写真である。
平澤「これは……」
平澤、少し戸惑う。
平澤「これはまた別のヤギですね。農道で発見されたものでも、磯田の傍にあったものでもない」
古畑「……」
平澤「古畑さん、これは?」
古畑「磯田さんの遺体の傍にあったヤギです」
平澤「……?」
古畑「そうなんです。これこそが、磯田さんの遺体の傍にあったヤギの死体なんです。首から血を吸われた痕跡のある。向島君が現場にいた新聞記者からもらってきてくれました」
平澤「ちょっと待ってください。磯田の傍にあった方は、お尻から吸われていたはずでは」
古畑「果たしてそうでしょうか」
平澤「……」
古畑「あなた、警察に呼ばれて現場に行った時、ヤギの死体なんてろくに見なかったんじゃありませんか」
平澤「……」
古畑「そうなんです。首から血を吸われた痕跡のあるものこそが、磯田さんの傍で発見されたものだったんです」
平澤「ちょっと待ってください」
古畑「……」
平澤「……どういうことだ……」
古畑「ご説明しましょう。あなたお気づきじゃなかったようですけども、磯田さん、実は今夜、2匹のヤギの死体を準備されていたんです」
平澤「……!」
古畑「まあ辺りは既に暗かったでしょうから無理もありません。しかしもう一体あったんですヤギの死体が。磯田さんが倒れていた場所の少しだけ奥に」
平澤「……」
古畑「そして、奥の死体の方には、首に血を吸われた痕が施されていた。それが、警察が磯田さんの遺体とともに発見したヤギの死体です」
平澤「だけど……」
古畑「はい。問題はですね、どうして磯田さんの傍には一体しかヤギの死体がなかったのか。あなたが見たはずの、お尻から血を吸われたヤギの死体は一体どこへ消えたのか」
平澤「……」
古畑「これについては、彼、そう向島君が調べてくれました。実は今夜、お尻から血を吸われた方のヤギを磯田さんの傍から運び出した人物がいます、はい。彼です」
と、古畑一枚の写真を見せる。牧場の近くにいた少年が写っている。
平澤「(この少年は……!)」
古畑「彼がヤギを運んだんです」
古畑、立ち上がり、歩きながら話し始める。
古畑「この少年、今夜偶然あそこを通りかかったそうです。あなたがあそこを離れられた後のことでしょう。そしてヤギが死んでいるのを見つけて、家に持って帰ろうとした。ヤギ丸々一匹なんてご馳走でしょうからね。しかし思ったよりヤギは重かった。そこで彼は、家の近くの農道まで来たところで、家からリアカーを持ってきて運ぼうと思い立ちます。そして彼は一旦ヤギを放置して家に帰り、リアカーを用意して再び農道に戻って来ますが、……そこには既に人だかりが。お尻に血を吸われたような痕を見つけて、地元の皆さん大騒ぎするわけです、チュパカブラに襲われたんだって」
平澤「……」
古畑「彼、最初はどこでヤギを拾ったか話してくれなかったんですが、もう自分のものにならないということを向島君が伝えると、ちゃんと話してくれました。例の丘の上で見つけて運んできたんだと。そして、ヤギの横には人が倒れていたと」
平澤「……」
古畑「はいつまり、こういうことなんです。磯田さんは夕方ヤギが畜舎に入れられたのを見計らって牧場に侵入し、ヤギを2匹殺した。そして2匹ともあの丘に運び出して、チュパカブラに襲われて殺されたように偽装工作した。しかもご丁寧に、一匹は首筋から血を吸われたように偽装し、もう一匹はお尻から血を吸われたように偽装した。そしてあなたを呼び出して、牧場に運び込むのを手伝うよう依頼した。そこで何があったかは判りませんが、磯田さんは亡くなります。動揺したあなたは、磯田さんの持っていた工作道具を処分し、何事もなかったかのようにホテルに帰った。その間に、お腹を空かせたこの少年が、お尻に痕跡のあるヤギの方を見つけ、農道まで運び出した」
平澤「……」
古畑「つまりよろしいですか。今夜磯田さんが亡くなった時にあの場所にいない限り、傍に転がっているヤギの死体の『お尻に』血を吸われた痕跡が残っているなんてことはわかるはずがないんです」
平澤「……」
古畑「どうしてあなた、このことをご存じだったんですか」
平澤「……」
古畑「納得いく説明をお聞かせいただけると、ありがたいのですが」
平澤、ふらりと立ち上がる。
古畑「あなたが磯田さんを殺したという証拠はありません。しかし少なくとも磯田さんが亡くなった時にあの場所にいらっしゃったということは明白です」
平澤「……」
古畑「おふたりで一体何をしてらしたんですか」
平澤、一呼吸置き、窓の外を眺めながら口を開く。
平澤「事故だったんです。殺すつもりはなかった。あいつがイカサマを手伝うように言ってきたので、相手にせずに帰ろうと思ったところで揉み合いになって」
古畑「お察しします」
平澤、一呼吸置いて、
平澤「古畑さん」
古畑「はい」
平澤「そういえばあなた、ずいぶん早いうちから僕のことを疑ってましたよね」
古畑、にやりと笑う。
平澤「何かまずかったですか」
古畑「……蚊です」
平澤「蚊?」
古畑「今夜、現場には蚊が大量に飛んでいました。しかもこの暑さです。警察も含めてみんな夏服で半袖だった。みんな鬱陶しそうに蚊を払ってらっしゃいました。まあ私は夏も長袖なのでそれほど気にはなりませんでしたが……そういえばもう一人、長袖の方がいらっしゃいました。蚊への対策が万全の方が(と、平澤の方を見る)」
平澤「……」
古畑「それで思ったんです。この人は今夜ここに蚊がたくさん飛んでいることを事前に知っていたんだなって。今夜、既に一度ここを訪れたことがあったんだなって。それなら、磯田さんがここに倒れていることを知らないはずがない」
平澤「だけど、私もあなたみたいに普段から長袖を着ている人っていうだけかもしれないじゃないですか。それだけじゃ」
古畑「はい。最初はそう思いました。しかしあなたのお部屋で、半袖姿のあなたを見て確信しました」
平澤「……」
古畑「普段長袖を着ている人は、二の腕までこんがりとは焼けません」
平澤、思わず自分の二の腕を見る。
平澤「……かなわないな」
古畑、哀しそうに笑う。
平澤「あの時くしゃみしてなけりゃあ……」
平澤、悔しそうに自嘲する。
古畑「私からも一つよろしいですか」
平澤「どうぞ」
古畑「どうして処分されたんですか。磯田さんの工作道具」
平澤「……」
古畑「もし今夜の一件がチュパカブラの仕業ではないと判ったら、真っ先に疑われるのは磯田さんです。彼の捏造ではないかと。そうなるくらいなら、最初から磯田さんが捏造をしようとしていたところを事故で亡くなったと見せかけておくこともできたはずです」
平澤「やっぱり不思議ですか」
古畑「はい」
平澤「あわよくばチュパカブラの仕業ということにしておいた方が、夢があると思って。それが一つ」
古畑「もう一つは」
平澤「あいつが捏造したってことにはしたくなかったんです」
古畑「……」
平澤「あいつも、最初は本当に純粋だった。誰よりも純粋に、UMAを研究していたんです。僕以上にUMAについて熱心に勉強してたし、世界中から常に最新のネタを仕入れて、みんなを楽しませようと一生懸命だった。でも、本業の方がうまくいかない焦りもあったのか、いつからか、面白ければそれでいい、って感じになっていって」
古畑、黙って聞いている。
平澤「最後くらい、本当に純粋な研究家であり、エンターティナーだったって、そういうふうにみんなに思い出してもらえるようにしてやりたかったんです」
古畑「(微笑んで)優しいお方だ」
平澤、古畑の方を見て哀しそうに微笑む。
平澤「古畑さん、僕は日本の司法で裁かれることになるんでしょうか」
古畑「(頷いて)はい」
平澤「日本の刑務所か。日本の刑務所の中じゃあ、さすがにUMAを探すことはできないな」
古畑「お察しします」
平澤、哀しそうに微笑む。
古畑「しかし、まだまだこれからです」
平澤「そうかな」
古畑「ちゃんと罪を償って、また一からやり直せばいいじゃないですか。おっしゃってたじゃないですか。地球は広い、って。そして、人生は……」
平澤「……長い」
古畑、優しく微笑む。
平澤、気を取り直したように前向きに、
平澤「よし、僕は絶対見つけますよ、チュパカブラ。この先何十年かかっても。その時は古畑さん、真っ先にあなたに報告しますから」
古畑「楽しみにしてます」
平澤、子供のようなきらきらした目で遠くを見つめる。吹っ切れたような様子。
古畑「(参りましょう)」

と、窓の外から叫び声が聞こえる。
今泉「古畑さーん」
立ち止まる古畑と平澤。
今泉「捕まえましたよチュパカブラ!」
古畑と平澤が窓の外を見る。
驚愕し、顔を見合わせる二人。
そしてダッシュで部屋を後にする平澤。
古畑もそれを追いかけるように走って退場。


―古畑任三郎「もう一つの山羊」 完―

あとがき

最後までお読みいただきありがとうございました。サブタイトルの趣向、『刑事コロンボ』がお好きな方にしかピンとこなかったかもしれません(苦笑)

脚本など書いたこともないので、お作法などの点で多々見苦しい点があるかとおもいますが、その点は素人の道楽ということで、どうか大目に見てやってください。

犯人役・平澤健にはイッセー尾形さん、被害者役・磯田茂には甲本雅裕さんを勝手にキャスティングさせていただきましたが、お読みいただいた皆様それぞれがお気に入りの俳優さんやタレントさんを当てて脳内再生するのもまた、面白いと思います。

これをお読みいただいた皆様それぞれの脳内で、『古畑任三郎』の新作上映会をお楽しみいただけますと、喜びの極みです。

また、執筆のきっかけ(着想)を与えてくださったUMA研究家・中沢健さん(犯人・平澤健のモデルにもさせていただきました)には、重ねて感謝を申し上げます。

最後に、昨年2021年4月3日にお亡くなりになった田村正和さんに、あらためて追悼の意を表して。

古畑任三郎を語る人でした。

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