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経験と物語が支える魅力(1) [2021.6.22改訂]

2021ガイダンス改訂210622.001

今回は 第4章 経験と物語が支える魅力 を読みながら、ユーザー・エクスペリエンス経験価値について学んでいきます。

19.価値・経験・人間らしさ

経験価値

128ページにコーヒー豆の価格とコーヒー1杯の価格の話が載っています。コンビニで買うコーヒーは1杯100円、有名コーヒーチェーンで飲むと300円くらい、コーヒー専門店だと500円ほど、ホテルなどで頼むと1,000円以上することもあります。このコーヒーの価格の差は何でしょう?

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1杯800円のコーヒー(表参道のカフェにて筆者撮影)

もちろん、厳選した高級な豆を選んで焙煎しバリスタがていねいに淹れたコーヒーは美味しく価格なりの価値はありますが、価格差をあらためて考えてみると、私たちはコーヒーそのものだけにお金を払っているわけではないということに気付きます。価格はお客さんが注文してコーヒーが提供され楽しむ行為全体の経験の質によって変わるのです。

B.J.パインII と J.H.ギルモアは、著書「経験経済」の中で、コーヒー豆をコモディティの代表例として取り上げています。その豆を使って淹れたコーヒの価格は、企業がそれをどのように扱うかによって異なると言います。コーヒーは、コモディティ製品サービスの価値の順に提供される商品の価格が高くなり、それに次いで最も高い価格で提供されるのが経験という価値です。

[参考]「経験(エクスペリエンス)を提供する」スターバックスの旗艦店、ロースタリー東京(中目黒)についての記事。

経験経済

パインとギルモアは、商品がもたらす経験価値に注目し、経験経済(Experience Economy)という考え方を提唱し、以下のように述べています。

これまでになかった考え方、それは経験という価値である。経験は、以前から存在はしていたが、これまできちんと分析されたことがない経済価値である。ビジネスが作り出す価値を試算する際に、サービスから経験という価値を切り離してみよう。そうすれば、経験に秘められている非常に大きな経済発展の可能性に気づくはずだ。それはちょうど製品という価値とは別のサービスという価値の存在を認めたことが、新たな産業基盤を生み、経済の活性化につながったのと同じである。今、新しい経済基盤が形成されつつある。
([新訳]経験経済 脱コモディティ化のマーケティング戦略 p003,プロローグ 経験ビジネスへようこそ より)

このような経験の価値は、現在では、UX(User Experience:ユーザー・エクスペリエンス)、CX(Customer Experience:カスタマー・エクスペリエンス)などとして多くの分野に広まって重要性が増しています。

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写真左:「[新訳]経験経済 脱コモディティ化のマーケティング戦略」B.J.パインII ・J.H.ギルモア 著,岡本慶一・小髙尚子 訳(2005)
写真右:「経験経済 エクスペリエンス・エコノミー」B.J.パインII ・J.H.ギルモア 著,電通「経験経済研究会」訳(2000)
(筆者撮影)

[参考]ユーザー・エクスペリエンス、経験価値

[参考]経験価値マーケティング

20.経験価値のデザイン

ノーマンのデザイン理論 本能・行動・内省

脱コモディティ化、付加価値を高めるデザインについて、ノーマンのデザインの3つのレベルを参照しながら考えていきましょう。

「誰のためのデザイン?」で、デザインにおける使いやすさやわかりやすさの重要性を指摘したノーマンは、その後の著書「エモーショナル・デザイン 微笑を誘うモノたちのために」で人間の情動に着目し、人工物のデザインにおける「魅力」や、デザインと情動の関係について考察しています。

「エモーショナル・デザイン」では、認知と情動システムの3つのレベルについての説明があり(第1章 魅力的なものの方がうまくゆく)、さらに多くの事例をあげながら、各レベルのデザインについて詳細に説明されています(第3章 デザインの三レベルー本能、行動、内省)。これらの考え方は、デザインと、美しさ・使いやすさ・文化的な意味とをつなぐもので、たいへん示唆に富んでいます。

『エモーショナル・デザイン』は、人間の認知と情動を科学的に理解することが製品のデザインにどのような影響を与えるか、と言う私の研究の成果を書いたものである。もちろん、美しさ、機能、使いやすさ、ブランド、評判の重要性はよく知られている。しかし、この本で私は統合的なフレームワークを示している。(日本語版への序文)
(エモーショナル・デザイン 微笑を誘うモノたちのために  p ii)

認知と情動システムの3つのレベル 本能・行動・内省

ノーマンは、情動に関する研究から得られた特性を3つのレベルで示し、それぞれ、本能レベル行動レベル内省レベル と呼んでいます。

ノースウェスタン大学心理学部で同僚だったアンドリュー・オートニー教授とウィリアム・リヴェール教授と共に行なった情動に関する研究から、これらの人間の特性は、脳機能の三つの異なるレベルに起因することが示された。一つは自動的で生来的な層であり、本能レベルと呼ぶ。次が日常の行動を制御する脳の機能を含む部分で、行動レベルとして知られている。もう一つが脳の熟慮する部分、すなわち、内省レベルである。各レベルは人間の機能全体で異なる役割を演じている。第3章で詳しく述べるように、各レベルにはそれぞれ別のデザインスタイルが必要となる。
(エモーショナル・デザイン p26)

3レベル3

図1-1 処理の三レベルー本能、本能、行動、内省
(エモーショナル・デザイン p28)

そして、本能レベル、行動レベル、内省レベル、それぞれのレベルに合わせたデザインが必要だと説いています。それでは次に、その3つのレベルのデザインをみていきましょう。

本能的デザイン・行動的デザイン・内省的デザイン

3つのデザインは、
・本能的デザイン
・行動的デザイン
・内省的デザイン です。
それぞれ以下のように説明されています。

第一に美観や欲求のような、人間の基本的・生理的な水準で評価される本能レベルのデザイン。第二には前述したような、機能や使いやすさといった行動レベルのデザイン。そして第三としてより高次の認知過程である人間の思考や理解など、人工物に与える意味や人工物との「付き合い」に代表される内省レベルに関わるデザインです。
本能レベルのデザインは、今日デザインの中で最も言及されやすい「アート」の部分、行動レベルのデザインは、ノーマンがかつて確立したユーザビリティーの部分、そして最後の内省的デザインこそ、これまでの研究に欠けていた新たな視点です。
(心を動かすデザインの秘密 p135)

次に、「エモーショナル・デザイン」の中で紹介されているデザインの事例をみながら3つのレベルのデザインをみていきます。
外観が良く情動的インパクトが重要な本能的デザインの例にあげているのは「1961年 ジャガー Eタイプ」です。

機能とユーザビリティーが重要な行動的デザインの例としては、「カシオのG-SHOCK」などをあげています。(下記のリンクは、本に掲載された製品とは別の型です)

メッセージや文化、製品の意味などを含む内省的デザインでは、「モトローラのNFLコーチ用ヘッドセット」が取り上げられ、フットボールコーチの英雄的なイメージを表すようデザインされたものとされています。

具体例を見て、3つのレベルのデザインについてイメージできたでしょうか?3つのレベルは明確に区別できるわけではなく、いくつかが混ざり合ってひとつのデザインが成立している場合もあります。

●考えてみましょう

1)自分の身近にある製品のデザインを、3つのレベルを意識しながら見てみましょう。その製品は、主にどのレベル(本能・行動・内省)を意識してデザインされていると思いますか?
2)いちばん気に入って履いているシューズ(靴)を選んだ理由はなんでしょう?その理由は3つのレベルのどれに相当するでしょうか? 色や形のカッコよさ(本能レベル)なのか、履きやすさや動きやすさ(行動レベル)なのか、それともブランドや文化的な価値(内省レベル)なのか、どのレベルの要素が強いでしょうか? 

●まとめ

経験価値経験経済3つのレベル(本能・行動・内省)について学びました。
最後にデザインへの応用を考えてみましょう。
あなたがある製品のデザインを依頼されたとします。その製品はどのレベルをメインにしてデザインするのか?を意識することで、人間の情動に沿う適切なデザインをすることができます。
また、内省的デザインは、経験に基づいた思考や感情(情動)と深い関わりがあり、ユーザーの製品やブランドへの愛着にも繋がっていくものです。そのため、経験価値を提供する上では特に重要なポイントになると考えられます。

参考図書:

「エモーショナル・デザイン」では、3つのレベルのデザインについて多くの事例をあげながら詳しく説明していますので、より深く学びたい人はぜひ手に取ってみてください。表紙は、フィリップ・スタルク(Philippe Starck)のレモン・スクイーザーです。