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くるくる巻かれた龍

ショートショート 1230文字

 錆びついた扉は見かけによらず簡単に開いた。一歩入ったとたんに埃とカビの古くさい臭いが鼻を突く。日差しがないので幾分マシかと思ったが、絡みつく様な蒸し暑さは倉庫の中も同じであった。板張りの床の上にはトラロープやポールが散乱し、左右の壁際に置かれた棚にはぎっしりと段ボール箱やプラスチックコンテナがつまっていた。
 「まいったな」俺は思わずつぶやいた。

 久しぶりに帰省して、することもなく寝続けていた俺に、親父が頼んできたのが商店街の倉庫のチェックだった。
 近所の公園にある消防団の詰所の横、傾きかけた小屋がそれだった。詰所の立て直しに伴って倉庫も取り壊されるので、使えそうなものがないか、大体でいいから入っているもののリストを作ってほしいとのことだった。
 そもそもこの商店街の振興組合はもはや機能していない。俺が小さい頃は活気のある通りで夏祭り等の催しものもよく開かれていたはずである。たった二十年程で人が通らない、高齢化したシャッター街に変わってしまった。子供たちも街を離れ、家主が施設に入っていたりして町費の回収すら不可能になりつつある、よくある廃れた商店街だ。
 ついに昨年度を最後に、催しを全てやめてしまって振興組合としての機能のほとんどをなくしてしまった。そんな死んだ商店街の死んだ倉庫だった

 作業を始めると見かけよりも整頓されており、棚のチェックはすぐに片付いた。奥に壁に何か看板のようなものがブルーシートでくるまれて立てかけられていた。全部で九枚。高さは俺の胸くらいまである。埃が飛ばないようにゆっくり中を確認すると笑っている龍のイラストが見えた。
 「懐かしい」思わず声が漏れた。多分祭りのときに会場入り口に置いてあった看板の一部だろう。その年の干支の絵が描かれていたはずだ。残りのブルーシートに包まれているのがそうだろうが十二枚そろう前に作るのをやめてしまったのだろう。二十年近く前の記憶が突然よみがえった。たしか龍二といっしょにこの看板の周りで遊んだはずだ。いつもあいつと一緒だった。あいつが龍と同じようなポーズと表情でおどけて見せた。それだけでみんなが転げまわるほど笑った。

 龍二。今どうしているか知らないが、真っ当な職にはついていないだろう。噂で聞く分にはチンピラだか半グレだかになっているらしい。そもそも親がチンピラだった。当時は龍二とあまり遊ぶなと言われ母親と喧嘩したものだが今思えば当然の注意だ。
 いつだったか一度連絡があったが会ってみれば金の無心であった。あれ以来会っていない。

 賑やかだった街と親しかった友人の思い出が突然よみがえり、俺は立ちすくしてしまった。
 あの頃は不安など一つもなかった。
 なぜだかこの倉庫の埃臭い空気だけが当時と同じ暖かさを残している気がして、ゆっくりと臭いを確かめていた。

 扉を閉めて南京錠をかける。この倉庫ももうなくなってしまう。中のものもほとんど捨てるしかないだろう。
 「ままならんなあ」
 俺は独り言ちて、公園を後にした。

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