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見えない檻
美しい物語なんてものは何処にもない。
砂浜に木の棒で絵を描きながら君は言う。それがいつ波によって消されてしまうのかも分からずに、君は言うのだ。どうしようもない言葉を積み上げて、本当は崩されるのを待っているかのように。
「マゾヒスティックと言うのではないの」
だから問うて見る。君の手には木の棒が馴染んでいる。あまりにいい感じの棒だった。途中で二股に割れた名残があって、その先には一つ、あおあおとした葉が飛び出ている。取り残されたような〝いい感じ〟だった。都合が良すぎるようなそれを、君は何処で見つけてきたのだろう。君のことだからいつもの顔で、秘密、と言うのだろうが。君はいつだってそればかりだ、なんだって秘密にしてしまうくせに、その言葉を糖衣のように自在に使ってはじき出すくせに、いざとなれば頼ってくる。助けて、とその唇は紡ぐのを厭わない。プライドがないのだ、と誰かが言っていた。そうではないことを分かっているのに、そう信じ込んだ方がマシなことも分かっていた。
「そうかな?」
笑っているのに笑わない唇は、今は助けを必要としてない。
「デカダンス、という方が近いのではないかな」
「意味、分かって言ってる?」
「君と同じ辞書を持っているのなら」
そうであるのなら致命的だと思うのだけれど、君はそうは思わないらしかった。
波が、押し寄せる。
誰かの悲鳴のように君の落書きに手を伸ばして、でも、届かないで。
「どうやら勝ったようだね」
すぐに敗けることを知っていて、君は言う。
でも、君が敗けることがなければ君は助けを求めることなんてしなくて、嘘を吐かなくて、嘘を吐けなくて、それを知っているからこそ君に、いい感じの木の棒を手放してしまえば良いのに、とは言えずにいる。いつかそれで殴られて殺されるかもしれないのに、その可能性を分かっているのに、それでも言えないで、君のその唇の、緻密な動きが、いつか美しい物語になることを願っている。
願ってしまっている。
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