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イメージを編む

ミケランジェロの、彫刻にまつわる面白い話がある。

誰かがミケランジェロに尋ねた。
どうして、このように素晴らしいダビデ像を彫ることができたのですか?
するとミケランジェロはこう答えた。

大理石の中には天使が見える、そして彼を自由にさせてあげるまで彫るのだ。

この話は、尋ねる人もシチュエーションも様々なパターンがあり、答え方も少しずつ違って興味深い。尋ねたのが王だったり、弟子だったり、大理石の中にいるのが女神だったり。

ミケランジェロは、こんな風に答えたという説もあると、最近知った。

彫刻するときに、ダビデでないものを全部削り落としていくのだ。

同じことを言っているようで、ずいぶん趣が異なる。
前者はもう既に形が大理石の中にあり、それを開放するだけだが、後者はダビデでないものを判断する主体が彫り手であるミケランジェロに存在し、創作への苦悩も感じる。

元はイタリアの詩に書かれていたものが派生していったようだが、ミケランジェロ本人が本当にそんなことを言ったのかは分からない。

大理石の中に存在するダビデを自由にするという思想は、創作に対して何らか神的なものの介在を信じる、西欧由来のようにも思える。
取捨選択してダビデでないものを削り落とすという思想は、" 人の心を種と " する ※ 1 東洋由来のものかもしれない。翻訳による差異なのだろうか。

夏目漱石の夢十夜にある運慶の話 ※ 2 でも、似たような台詞が出てくる。

「よくああ無造作むぞうさに鑿を使って、思うような眉まみえや鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言ひとりごとのように言った。
するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、鑿のみと槌つちの力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」
と云った。

漱石は、ミケランジェロの話を知っていて、この第六夜を書いたかもしれない。

確かに、絵がとても上手い人は、まるでそこに最初から絵があるように、迷いなく鉛筆を紙に滑らせて絵を描いているように見える。
だから、もともと石の中に完成形があるのだ、という話は納得感がある。

同時に、完成形にないものを取り除いていくという話も、腑に落ちる。絵を描く時、実際は明確なイメージが結ばれてないまま、手を動かしながら線を確定している自分を自覚することがあるから。


「 答えは既にあって、それを発見できていないだけだ 」という思想は、デザインについて語られるときにも、よく出てくる。
デザインは一人ではなく、誰かとすることがほとんどだから、0 から何もかも作り上げるというよりは、もともとあるものを発見する、という感覚が強い。

ほぼ日手帳の対談で、佐藤 卓 氏 も次のような発言をしている ※ 3 。

多くの人の意見を聞いて、それらがちょうど交差する点を探していったものってやっぱりものすごく残るものなんですよね。
-中略-
デザインって、なにか世の中に隠れている 数式を発見することなんだなって 実感させられますよ。

私達は、対話しながら、観察したり、検証したりする中に、デザインを発見する。もともとそこにあったものを見つけたのか、あるものを整理して組み合わせたのか、無駄な部分を削ったのか、その発見方法は様々だ。

時には天使を開放するように、時には手探りで削ぎ落とすように。


以前、同僚のデザイナーと、デザインのイメージが思い浮かぶとき、どんな風になるかという話をしたことがある。

あるひとは、打ち合わせ中に、かなり完全に近いイメージが降ってくるといった。あるひとは、要件を整理して、細部を積み上げるようにしてイメージを構築すると言った。過去に経験したイメージ記憶を検索して、そこから最適解を結ぶ手法を使うひともいた。人それぞれ、個性があって面白い。

私の場合はどうか。
イメージが降ってくるというのとは少し違う。でも細部からというよりは、もっと全体的な形が先に出てくる。
糸のような朧気なイメージが、対話をするたびに交差して段々塊ができていく。たくさん糸が交差した部分が明確なイメージとなって形作られる。情報が少なかったり、人との対話が少なかったりすると、イメージは上手く形にならない。

それって、イメージを編んでいるのかもしれない。

糸はそこにある、それがどう編まれるのか。どんな網目になるのか。
そして、失敗したら解いて最初から編みなおすのだ。

そうか、編んでいるのか。ものすごい発見をした気分だ。


※ 1
新古今和歌集 仮名序
「やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける」
西欧では詩は神に与えられたものとされるが、仮名序では " 人の心を種として " とはっきり書いており、その思想の違いをドナルド・キーンが「日本の文学」で指摘している。

※ 2
夢十夜 第六夜 ( 夏目漱石 / 青空文庫 )
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html

※ 3
方眼のサイズ決定! 佐藤卓さん×糸井重里 ある日の対談。
http://www.1101.com/techo_club/archives/487/


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