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【短編小説】熱夢

 部屋が異常に広く感じた。ぶわりと膨張した風船の中のように壁は歪み距離感覚がバグる。陰影がデタラメになり、妙に影が長く感じる。私は子供の頃の悪夢を思う。酷い風邪をひいて熱にうなされながら見る夢だ。

 非常に大きく見えるものがあれば、小さく見えるものもある。それらは夕日によって覆い被さるように伸びた影がそうするみたいに私を心細くさせる。透明な衣装ケース、イヌが描かれたマグカップ、ダブルベッド、水色の枕、幸せな写真。それら全てが姿を引き伸ばされ、存在を叫んでいた。

 めまいがする。ぐるんと視界が揺れる。私はベッドに横になった。自分がとても小さくなってしまったような気分だった。ベッド残る匂いが私の中の空洞に溜まる。私の心の寂しさは膨らんでは萎んだ。これから生きるために何百回と繰り返されるであろうその収縮は心臓を思わせ、私にため息をつかせる。私の寂しさはまた萎む。

「寂しさが人を殺すことはないさ」

 と言わんばかりに電球は部屋を平等に照らす。その光に耐えられそうになくて、私は部屋の明かりを消した。すると一瞬で部屋中に降り注いでいた光子が姿を暗ます。

 暗闇とかした部屋に輪郭や境界は存在しない。全て闇に溶けて、その一部となってしまっている。唯一あるのは私のこの醜い心だけだった。寂しくて、苦しい、収縮を繰り返すこの熱を持った心だけが残されていた。

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