脚本 「かごめ」 第六場

  前々場の翌日、美羽のアパート、深夜。小雨。
  美羽は浅い眠りから覚めて、半身を起こす。じめじめした部屋の空気に顔をしかめる。布団の脇に置いてあるペットボトルの水を少し飲む。
  そこに、美羽の空想上の玲奈があらわれる。
玲奈(空想)「美羽。」
  美羽は、少し寝ぼけている。
美羽「あ、玲奈。お弁当買ってきてくれたの? 」
  玲奈は、おごそかな口調で語る。
玲奈(空想)「私は来たくてお前のところに来てるのではない。わかっているな? 」
  美羽は表情が硬直する。
玲奈(空想)「おまえは本当に、どうしようもなく世話が焼ける。駄々っ子。社会の迷惑。消えてなくなればいい。」
  そう言い捨てると玲奈(空想)は退場。
美羽「‥そう。わたしは何もない。最低の人間。これ以上みんなに迷惑かけられない。‥一人で、‥なんとかしなきゃ、なんとか。」
  次いで、空想上の時谷尚子と、少女が現れる。
美羽「おかあ、さん? 」
  空想上の尚子は、厳しい口調で美羽を問い詰める
尚子(空想)「まったくなんてこと? あんたがお父さんとセックスするなんて。‥どうせあんたが誘ったんでしょ! なんていやらしい娘! 」
美羽「おかあさん、それは違う! 」
  空想の尚子は美羽を無視。
尚子(空想)「‥あんたなんか産まなきゃよかったよ。産まなきゃわたしはまだ生きてた! ‥あんたに殺されたようなもんだよわたしは‥。」
  そう言い捨てると尚子(空想)は退場。美羽は呆然とする。
空想の少女「おかあさん。」
美羽「え? 」
空想の少女「おかあさんのお腹の中にいたんだよ、ひかりっていうの。」
美羽「ひかり‥。 」
  抱きしめようとする美羽に、ひかりは後ずさり。そして可愛らしい口調で語る。
ひかり(空想の少女)「さわらないでね。自分が何したかわかってるでしょ? お腹の中にいたわたしを殺したの。‥なんで産んでくれなかったの? ‥ずっと恨んでるから。‥絶対に許さないから。」
  空想の少女(ひかり)も退場
美羽「‥わたしは、母を殺めて、子を殺めて、色んな人に迷惑かけて、ただ生きて。‥なんで生きてるの? 何もないのに。‥わたしの身体の中全てに、おとうさんの精液がしみついている。わたしの肌の全て、おとうさんの唾液がこびりついてる。‥わたしの未来には、何も、ない。‥前に歩こうとしても、地面は全部ささくれてて、わたしの皮膚を破る。痛いって声をあげると、とがった石がたくさん飛んできて、わたしの身体を穴だらけにする。その穴に小虫がよってきて、血肉をついばむ。」
  美羽は、よろよろと立ち上がり、ベランダに出て、手摺越しにじっと地面を見る。
  幻聴がする。
幻聴「お前のためにある場所は、そこだけだ。‥早く行け。」
  美羽は手摺に登り、飛び降りる体勢に。顔はこわばり、動悸が早まる。手が震える。
幻聴「行け。」
  唾をごくりと飲む美羽。
美羽「‥でも、‥玲奈は悲しむ。きっと。‥わたしが死んだら、‥玲奈がわたしのためにしてくれたことも、死んでしまう。毎日お弁当持ってきてくれたこと、お掃除してくれたこと。話し相手になってくれたこと‥。」
  美羽は手摺から降り、ベランダの冷たいコンクリート敷の上で座りこむ。緊張から解き放たれて、しばらく息が荒い。
美羽「‥わたしは何もなくっていい。もっと傷ついてもいい。玲奈だけは守りたい。」
  玲奈(空想)が現れる。
玲奈(空想)「またそうやってわたしに甘えるのか? 」
美羽「偽物の玲奈、出てって。あんた玲奈のこと、実は何も知らないんだろ! 」
  玲奈(空想)は忌々しい顔で美羽を睨む。

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