脚本「かごめ」第三場

■第三場
  前場と同時刻。時谷美羽が居住するワンルームアパート。狭い室内に物とゴミが散乱している。美羽は四肢の力が抜けた状態で、死骸のように布団に横たわって、目を瞑っている。立田玲奈は、散らかっているゴミを袋にいれている。
玲奈「美羽、お弁当冷蔵庫に入れておいたから。温めて食べてね。」
  美羽は寝転んだまま、目を瞑ったまま、小声で返事。
美羽「‥ありがとう。‥玲奈がいるから助かる‥。」
玲奈「今日はいつもより、きつい? 」
  玲奈は、変色した果物の皮を(バナナ等)、気味悪そうにゴミ袋にいれる。
美羽「うん。トリプルだからねー。‥鬱に、低気圧と、月のやつ。‥はああ、なんで女だけ3つなんだろ? くそウザイ。」
  美羽は半身を起こすが、頭痛に顔をしかめ、片手を額に当てる。 
  玲奈はちらりと美羽の様子を見る。 
玲奈「無理して起きないでいいよ。ちょっと片したらすぐ帰るから寝てなって。‥熱さまシート貼る? 」
美羽「‥ううん、いい。あれ貼ると、もっと頭痛くなるもん。‥いつもありがとうね。」
玲奈「恩返しよ。いつも言ってるでしょ。‥ところで、良くんのことは? 」
美羽「やーよ! ‥わたし、今は誰とも会いたくないし! あ、もちろん玲奈は特別だけどさ。‥ってかさ、良くん、本気で言ってんの? 」
玲奈「医者にも家族にも治せないなら、最後は友達しかないだろ、って言ってたよ。」
美羽「何それよくわかんない。でも同じ友達ならわたし、玲奈に治してほしいんだけど。」
玲奈「そうねー。でもわたしは、食事もってきたり、部屋の掃除くらいしか出来ないから。」
  美羽は不思議そうに、玲奈を見る。
美羽「玲奈は、会った方がいいと思ってんだ? 」
  玲奈はゴミを拾う手を止めて、美羽を見る。
玲奈「‥良くんは、本気で美羽の病気を治すつもりよ。そのために、会社から長期休暇の許可ももらったんだって。」
美羽「げ、まじか。」
玲奈「ちょっと普通じゃないかもだけど、彼、真剣だった。すごく強いものを感じた。‥美羽、良くんとは幼馴染なんでしょ? 」
美羽「え? うん。‥幼稚園から中学までずっと一緒。でも良だけじゃなくて、トキオと洋一もそうだったよ? ‥良は、遠くの高校に行っちゃったから。ずいぶん長い間会ってないんだけどねー。(独り言のように)‥どうして良はそこまでしてくれるんだろ? 」
玲奈「でも小さい頃から、ずっと美羽のことを見てるから、お医者さんには見えない部分も彼にはわかるのかもしれないし。‥治るまでいかなくてもさ、何かきっかけは掴めるかもよ。」
  美羽は小さい頃と言われて、表情が硬くなる。
玲奈「ともかくもやってみようよ。 ‥美羽だって、治りたいでしょ!? なんとか普通の生活に戻りたいと思ってるでしょ? 」
美羽「‥どうかな? 」
玲奈「え? 」
美羽「治らないよ、これ。‥わたしは一生このまま。」
玲奈「やけになるのは、よくないよ。」
美羽「でも本当にどうにもならないんだよ! 身体が言うこと聞いてくれない。‥トイレに行くのさえ辛い。‥最近は食欲も出ないし、テレビ見てるだけで疲れるようになったし。」
玲奈「だから良くんがなんとかしようとしてくれてるんじゃない。」
  美羽は布団の上で正座。
美羽「‥玲奈、今まで本当にありがとう。‥大学とバイトでものすごく忙しいのにさ、毎日わたしのところに来て、生活見てくれて。本当に感謝してる。‥でも、もういい。‥もうここには来ないで。‥ここにいるのは治す気持ちがない人間なんだからさ。‥玲奈にはもっと自分の時間を大切にしてほしい。」
玲奈「‥わたしが来なくなったら、‥どう生活していくつもり? 」
美羽「明日から頑張って一人で買い物と掃除する。‥大丈夫こんな病気。ぼくが本気出したら、簡単に吹き飛ばすよ。原子の粒まで粉々にしてやるさ。」
  美羽の人格が徐々に変わっていく。
玲奈「布団から動けない人が何言ってるのよ。」
美羽「‥うるさいな。‥ぼくがいいって言ってるんだ! 」
玲奈「どうしたの? 」
美羽「うるさい! もう来るな!! 来んな来んな! 来んな! 」
  美羽は握りこぶしで床を何度も打つ。玲奈はため息をつく。
  ようやく打つのをやめるが、息が荒い。ぶつぶつ独り言。
美羽「来んな。‥来んな。‥来んな。‥来んな。」
玲奈「落ち着いてって。‥また来るから。」
美羽「来んなって! ‥持ってる合鍵、そこに置いてけ! ‥二度と来んな。」
  美羽は布団の中に潜り込む。
  玲奈はため息をうつ。そしてゴミ袋を持って、静かに玄関の外に出て、鍵をかける。
  若干の間をおいて、美羽の人格がもどる。布団から半身を起こし、きょとんとした顔で部屋の中を見回す。
美羽「玲奈? どこいるの? ‥一人、寂しいよう。」
  美羽は落胆して、また布団の中にもぐりこみ、昔の夢を見る。

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