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忍辱 第四場

■第四場
 前場の夜、午後9時。小雨がふっている。基本セット。粟田家は夕食後。一家四人がテーブルを囲んでいる。唐玄は上下黒のパーカー、Gパン(以降基本的にこれが唐玄の衣装)。唐玄はスマホで安藤と通話中。
 上手袖近くに倫幸と大杉。スマホで通話している。
 富田家は未来が居間にいる。高価そうなチョコレートの包み紙をといている。笑顔。
 井上家は、時太郎が上着を着て、外出の用意。信世がその傍に。
信世 「もうほんのすぐで帰る、って連絡あったわよ。わざわざ迎えにいかなくても‥。」
時太郎 「おまえ心配にならないのか? あんな事件があった後なのに。」
信世 「大丈夫よ。あの子は世話焼きで、人様の恨み買うような子じゃないもの。‥行き違いになるだけよ。」
 時太郎は聞かずに、早足で玄関を出て、傘を手に持ったまま走っていく(舞台退場)。
倫幸 「そうか。それは大変だったな。‥退職金とか出るのか?」
大杉 「そんなもん、雀の涙にもなりゃしないよ。‥まあ俺みたいな人間は、どこ行っても頼りにされねえんだ。仕事はクビ、女房はいねえ、貯金は無え、町内会では使い走りくらいが関の山。将来はのたれ死に、かな。」
倫幸 「そうヤケになるな。お前は真面目でいいやつだ。町内会でもみんなが嫌がる雑用を率先してやってくれる。‥きっといいことあるよ。」
大杉 「‥まあ、‥なんとかやり繰りしていくよ。」
未来 「夕食後のデザートに毎日、リンクルのチョコが食べられるなんてねー、幸せ。‥ゴミ箱漁ってた頃が夢のよう。」
 未来は食べながらも暗い顔に。貧乏で悲惨だった昔を思い出している。
 安藤が舞台入場。スマホを耳にあてている。
安藤 「よう! 引越しそろそろ終わったか!? 明後日くらいには会社出れそうか!? 」
 安藤は地声がかなり大きい。唐玄は耳とスマホの距離を取って対応。慣れている。家族はクスクス笑う。絹代はおどけて耳をふさぐ仕草。
唐玄 「部長、わざわざお電話ありがとうございます。はい、明日は息子の学校の手続きがありますので、そこまでは休みをいただきたく。」
安藤 「そうか! まあ色々大変だろうけど、こっちの仕事も大変だからな! ボケちゃったご老人がおまえをお待ちかねだ! じゃあ明後日から頼むぞ! 」
唐玄 「はい、それでは、失礼いたします。」
 両者通話を切る。
絹代 「明後日から、お仕事再開ね。はい、よく聞こえました。」
 唐玄も苦笑。しかし、少し間を置いて、ため息。
唐玄 「‥それにしても、ご近所の挨拶まわり、滑り出し最悪だったな。‥やっぱりあの玄関、目立つかなあ? 」
 絹代は明るく言う。
絹代 「だから言ったじゃないの。あまり目立つと、変な宗教と思われちゃうよって。‥まあ、隠してたみたいに言われて後々面倒になるよりは、よかったんじゃない? 」
吹美果 「信仰の自由は憲法で保障されてるのにねー。」
絹代 「‥あ、ところでね、昨日この町内で事件があったんだって。 」
唐玄 「そうなんだよな。‥今思えば、それで町内会長さん、神経ピリピリさせてたんだよな。いや、タイミング悪かったなあ。」
吹美果 「にしても、感じ悪くない? その人。‥なんか、やな(嫌な)町。」
哲修 「俺は、この町気に入ったよ。」
吹美果 「‥まあ、あんたはそうだろうねえ。」
哲修 「父さん、母さん、‥俺、特別学校の勉強頑張って、きちんと就職する。身体障碍者や高齢者向けの建築設計やリフォーム、これから需要あると思うし、そういう職場では障碍者の経験が生かされるから、就職にも有利なんだって。」
絹代 「頼もしいこと言って。‥母さんほんと嬉しい。」
哲修 「足が不自由になってから、家族のみんなに迷惑かけてばかりだったけど、‥もう 昔のやなこと忘れる! 前向いて生きてかなきゃ! 」
 唐玄は、ちょっと下を向いてから独り言。
唐玄 「‥みんな頼りになるな。それにひきかえ俺は。」
 忌まわしい過去が、唐玄の脳裏をかけめぐる。父との電話。
唐玄 「父さん! すぐそっちに津波が行く。早く逃げてくれ! 」
唐玄の父 「母さん残して逃げれんだろ、おぶっていくほどの体力もないしな。」
唐玄 「誰か運んでくれる人、いないのか? 」
唐玄の父 「みーんな、逃げちまったよ。」
唐玄 「じゃあ、俺が今から‥。」
唐玄の父 「ばか。無駄に命を捨てるな。‥残された者のために、やらねばならんこと、いくらでもあるだろ? ‥おお! また地面が吠えとる。海も荒ぶっとる。‥こういうときは人の心も、どんどん荒れていくものだ。」 
 そこで通話はぷつりと消える。
野口 「うつるから、この街から出てってくんねーかな! 迷惑なんだよな! 近所にてめえらみたいな奴がいると! 」
絹代 「お父さん! 大変! 哲ちゃんが法明坂の階段のところで転んで、下まで落ちちゃって! 」
哲修 「あれは転んだんじゃない! あいつに突き飛ばされたんだ! 信じてよ! 父さん! 」
医師 「脊椎が損傷しています。‥両足が動くことはもうありません。‥そう言われても困ります。神経の部分の問題です。何とも、なりません。」
教師 「いじめ? 全く聞いておりませんな! ‥おっしゃられた事実などありません。‥もちろんですよ、失礼な。‥雨だったんでしょう? 自分で滑ったのを勘違いされてませんか? 」
哲修 「父さん! このまま泣き寝入り? なんとかならないの! なんで俺だけこんな目に。‥うるさい! あっち行け! 頼りない父親を持った俺が悪かったんだ! それでいいだろ! 」
 回想から覚める唐玄。
哲修 「父さん、食べないの、‥くるみ餅? 」
 唐玄の回想の間に、家族はくるみ餅を食べている。
唐玄 「‥ああ、取っといてくれ。‥ちょっと外の空気に当たってくる。」
絹代 「こんな夜に? 」
吹美果 「まだ雨降ってるよ? 」 
 唐玄はそれらに答えず、ふらふらと玄関を出る。顔をゆがめる。頭をかきむしる。夢遊病者のように歩いていく、傘も差さない。ひゅーひゅーと風の音。

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